「かめれおん」(横溝正史)

三色のレーンコート、この巧妙なトリック

「かめれおん」(横溝正史)
(「刺青された男」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション③」)柏書房

親愛なる狭山耕作様。
あの事件について、お互いに
腹蔵のない意見を吐きあい、
議論をたたかわすことの
できたのは、
まったく愉快なことでした。
それがわれわれの身辺に実際に
起こった事件であっただけに
議論に熱があり、それだけ…。

横溝正史
戦後に書かれた短篇作品です。
粗筋代わりに掲げた冒頭の一節ですが、
このように書簡体として
書かれてあるのです。
語り手「私」が、身近に起きた
「学校横町の殺人事件」の推理比べをした
相手・狭山耕作に対し、
その真相を書き記した手紙という形で
構成された作品なのです。

〔主要登場人物〕
「私」(湯浅謙介)

…語り手(書簡の書き手)。
 「学校横町の殺人事件」についての
 推理を書簡にしたためる。
 事件の現場の隣が自宅。
 カーキ色のレーンコートを常用。
狭山耕作
…「私」の知人。「学校横町の殺人事件」の
 目撃証言を行う。
佐藤加代子
…「学校横町の殺人事件」の被害者。
 「私」の隣家に住む。
 男の出入りが激しい。
「女房」
…「私」の妻。
「紫色のレーンコートの男」
…被害者宅に入った一人目の男。
 狭山が目撃するが、顔は見ていない。
「緑色のレーンコートの男」
…被害者宅に入った二人目の男。
 狭山が目撃するが、顔は見ていない。
〔事件の概要〕
・「私」が狭山に挨拶後、立ち去る。
①「紫の男」、被害者宅に立ち入る。
②「緑の男」、被害者宅に立ち入る。
③「緑の男」、被害者宅から退出。
 慌てた様子。
・この間、被害者殺害される。
 時間は午前10時前後。
・正午過ぎ、被害者宅の女中が帰宅、
 死体を発見。

本作品の味わいどころ①
書簡体という特殊な形式

本作品の特徴は、
書簡体という形式にあります。
「私」が狭山耕作に宛てた手紙文として
筋書きが進行していくのです。
冒頭部に、
二人が「学校横町の殺人事件」について
お互いの推理を持って激論した旨が
書かれてあります。本作品は、
事件の真相を究明した「私」が、
討論相手の狭山に宛てて、
その経過を報告した、いわば
事件報告書となっているのです。
しかしその構成は、
「一」から「五」までの章立てとなり、
そのすべてが「親愛なる狭山耕作様」から
始まっているのです。
殺人事件は書簡において
どのように綴られ、
どのように語られていくのか、
横溝によって精巧につくられた
書簡体ミステリを、
まずはしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
「カメレオン」のトリック

タイトルは「かめれおん」。
もちろん爬虫類のカメレオン、
背景に隠れるように体表の色を
変化させるあのカメレオンです。
おおよそ察しがつくとは思いますが、
「紫色のレーンコートの男」
「緑色のレーンコートの男」の二人が
被害者宅に相次いで足を踏み入れ、
「紫の男」は首吊り死体で発見され、
「緑の男」は入ってすぐさま
慌てて出ていっているのです。
はたして加代子を殺害したのは
どちらか?
「紫の男」は自殺かそれとも他殺か?

それに絡んでくるのが
「カーキ色のレーンコート」を
着用している「私」なのです。
さらに謎となってくるのが、
現場には紫も緑も、レーンコートは
残されていなかったのです。
三色のレーンコートが
カメレオンの体表の色を
表しているとすると、そこに
どのようなトリックが潜んでいるのか?
殺人の隠蔽に用いられた
三色のレーンコート、
この巧妙なトリックを、
次にじっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
横溝流の大どんでん返し

「四」において、狭山はその謎を
「カメレオンの体表の色の変化」に
擬えて説明するのですが、
合理的に見えて、
そこには矛盾が潜んでいたのです。
それを受けて「五」には、
その最終的な解決が
記されてあるのですが、それが本作品の
「大どんでん返し」となっているのです。
読み手は完全に
裏をかかれることになるのです。
これこそが本作品の肝であるとともに、
最大の味わいどころと
なっているのです。
横溝得意の大どんでん返しを、
最後にたっぷりと味わいましょう。

読み終えて気づきます。
「五」の書き出しだけが
「狭山耕作様」であり、
「親愛なる」の形容詞がないのです。
このあたりも横溝の
芸の細やかさなのでしょう。

横溝の短篇作品は、
戦前のものもバラエティに富んでいて
おもしろいのですが、
戦後作品はそれに「本格的探偵小説」の
風合いが備わっていて、
一層の読み応えがあるのです。
金田一ものばかりではありません。
横溝の戦後の一篇、
ぜひご賞味ください。

(2024.11.29)

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