「薔薇くい姫」(森茉莉)

屈折した自分を客観的に表現した「魔利像」

「薔薇くい姫」(森茉莉)
(「薔薇くい姫/枯葉の寝床」)
 講談社文芸文庫
(「百年文庫067 花」)ポプラ社

魔利は、
腎臓という持病持ちだが、
この病気が魔利の体に
とり憑いたのは
十二の時であるから、
もう慢性も通り越したところに
来ていて、
魔利は延々六十年というもの、
痛くも痒くもないが直らない
ジンゾーという
病気を持ち歩いて…。

以前「贅沢貧乏」を読んで
気になっていた作家・森茉莉の作品を
読みました。
「薔薇くい姫」です。
筋書きらしいものが見当たらないため、
冒頭の一節を抜き出してみました。
書き出しには腎臓疾患について
述べられていましたので、
闘病記かと思いながら
読み進めましたが違いました。
下の主要登場人物には主人公・魔利の
血縁関係者を挙げてみましたが、
家族物語でもありません。
本作品を一言でいうならば、
「怒り日記」となるのでしょうか。

〔主要登場人物〕
魔利(マリア)

…老年に達した遅咲きの女性作家。
 偉大な作家を父に持つ。
苑麻(エンマ)…魔利の妹。
…魔利の弟。
雪子…魔利の義姉。
慈安(ジャン)…魔利の長男。
桜外…魔利の父。
世津…魔利の母。

本作品の味わいどころ①
エッセイ、それとも私小説?

「贅沢貧乏」でも、
主人公・魔利(本作品の魔利と
同一であるかは不明)は、
作者・森茉莉その人でした。
本作品もそれは同じです。
森茉莉の体験を
忠実になぞった作品であり、
したがって「エッセイ」と考えても
良さそうですが、
主人公名が「茉莉」ではなく「魔利」、
したがって何らかの創作が加わった
「小説」と考えるべきでしょう。
おそらくは身のまわりで起きたことを
素材にして、
その時に生じた「怒り」を
書き綴ったものにちがいないのですが、
それではどこまでが「事実」で、
どこからが「創作」なのか?
それを探りながら読み進めるのが、
本作品の第一の
味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ②
屈折した自分を客観的に表現

エッセイらしくもあり
私小説らしくもある本作品ですが、
その中身は
「自虐ネタ」とも言うべきものです。
他の人と接する際、老年に
差し掛かっているにもかかわらず、
「子供のような存在」にしか見られず、
そのことに「怒り」を感じているのです。
「この人物は何を考えているのか、
 わからぬ。とにかく、
 思考が体から遊離して、
 どこかへ行っているようだ。
 突いて転ばせたら怒るだろうが、
 この人物なら、
 たとえ怒ったところで、
 どうということはない」

そう思わせる何かが、
魔利にはあるというのです。
偉大な文豪・森鷗外の娘である
森茉莉が、実際のところはどうなのか?
いろいろ調べてみると、
そのような記述が
いくつかの資料から見つかります。

森茉莉は、自分自身を客観的に観察し、
自分の気持ちをストレートに表現し、
それを作中の魔利に
投影させたのでしょう。
滑稽であるとともに、
計算されて書かれたようにも見える
ところが味わい深さを感じさせます。
この自虐ネタともいえる、
屈折した自分を客観的に表現した
「魔利像」こそ、本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
これは誰?作者周辺の有名人

筋書きはないに等しい
作品でありながら、
名前を与えられている登場人物が
異様に多く、
「なぜこの人物に
フルネームの具体名が?」という場面が
数多く見られます。
実は作者・森茉莉が「魔利」なら、
周囲の人物も
変名で登場しているからなのです。
父・鷗外は「桜外」。
その本名・森林太郎は「室林之助」。
そこまではわかるのですが、
他の人物はなかなか読めませんでした。
巻末の解説を読んで納得。
以下の通りに、
森茉莉周辺の作家たちが
変名登場しているのです。
鷹見俊←高見順
母呂生貂生←室生犀星
白愁←(北原)白秋
朔二郎←(萩原)朔太郎
渋川克彦←澁澤龍彦
このあたりが
すぐ眼につくところですが、
このほかにも三島由紀夫、永井荷風、
岩波茂雄、小島政二郎、池田満寿夫、
唐十郎などが変名登場しているのです。
その人物を考えながら
読み進めることにより、
森茉莉、そして父・鷗外の周囲で
起きていた出来事を、
読み手は脳内に再現できるのです。
作者周辺の文化人を想像することこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなってくるのです。

父・鷗外とは
似ても似つかぬ作風の森茉莉。
しかしその作品の味わい深さは
父・鷗外に勝るとも劣りません。
「文学的価値」などというものに囚われず
書かれてある文章を
じっくりと噛みしめることが大切です。
えも言われぬ滋味が、
じわじわと感じられるはずです。
ぜひご賞味あれ。

(2024.12.4)

〔「薔薇くい姫/枯葉の寝床」〕
薔薇くい姫

枯葉の寝床
日曜日には僕は行かない

〔「百年文庫067 花」ポプラ社〕
薔薇くい姫
 森茉莉
ばらの花五つ 片山廣子
つらつら椿 城夏子

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かなり多くの文庫本が、
現在も流通しています。

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