
終わってみれば本格探偵小説
「探偵小説」(横溝正史)
(「日本探偵小説全集9横溝正史集」)
創元推理文庫
(「刺青された男」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション③」)柏書房
N駅の待合室で汽車を待つ
「あたし」の一行は、
探偵小説作家・里見から、
新作の筋書きを聞かせてもらう。
それは実際にN温泉の地で起きた
殺人事件を
素材にしたものだった。
話が盛り上がったとき、
待合室にいた男が
話題に加わるが…。
横溝正史に傑作は数多くあれど、
金田一耕助や由利麟太郎などの
シリーズ名探偵が登場しない
戦後の短篇作品と限定した場合、
ある程度限られてくるでしょう。
本作品は、そうした中でも
傑作の誉れ高い逸品です。
〔主要登場人物〕
里見
…探偵小説作家。N駅待合室で、
新作小説の筋書きを語る。
野坂
…洋画家。
「あたし」(鮎川)
…語り手。駆け出しの歌手。作家Mの
招待で、N温泉でスキーを楽しむ。
里見・野坂とともに帰京するため、
三人でN駅待合室で汽車を待つ。
「洋服を着た男」
…待合室にいた男の一人。
押し黙っている。
「二重廻しを着た男」
…待合室にいた男の一人。
三人の探偵談義に割り込んでくる。
※里見の語る「新作小説」に登場する人物
田口那美
…村の素封家の娘。死体で発見される。
古谷先生
…那美の通う女学校の教頭。
秋山次郎
…那美と交際していた大学生。
村の素封家の次男。
容疑者として拘束される。
秋山一郎
…次郎の兄。古谷と那美の関係を
聞きつけ、事件を調べる。
本作品の味わいどころ①
作家が語る探偵小説創作過程
本作品は、
作家・里見が新作ミステリを語り、
それが現実の殺人事件と
結びつくというものです。
全体は五つの章に分かれ、
「一」は書き出しにすぎず、
「二」から本編がはじまります。
「二」は殺人事件のアウトライン、
つまり起承転結の「起」にあたる部分、
「三」は犯人が古谷先生であることを
明かした上で、細かい状況の
一つ一つを三人で検討していく過程、
つまり「承」、
「四」はそこに
待合室の男の一人が加わり、
里見の小説の結末を提案するくだり、
「転」、
そして「五」はすべての決着が図られる
「結」となるのです。
その「起」「承」「転」までの部分は、
ミステリの創造過程を
そのまま表しているといっていい
書き方となっています。
読み進めると、あたかも横溝自身の
創作過程を体感しているような
錯覚に陥るのです。
この、作家が語る探偵小説創作過程を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
小説が事実と重なり合う瞬間
「転」から「結」にかけて、里見の語る
小説の筋書きは事実と接近し、
ついには重なってしまうのです。
その構成に脱帽です。
この後で書かれたであろう
里見の小説の結末は、そのまま
実際の事件の真相となるのです。
詳しくはぜひ読んで
確かめてくださいとしか
いいようがありません。
この、小説が事実と重なり合う瞬間を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
終わってみれば本格探偵小説
里見の語る新作小説は、
登場人物が限定的、
名前を与えられている四人のうち、
被害者が那美、
探偵役が秋山一郎である以上、
犯人は次郎であるはずがなく、
里見が明かすまでもなく
古谷先生以外に
犯人はありえないわけです。
「犯人探し」という観点だけで見たとき、
評価としては
零点としかいいようがありません。
それでありながら
作品全体として見たときには、
実に本格的な探偵小説として
完成しているのです。
巧妙な犯罪隠蔽方法と
それを論理的に突き崩す探偵術、
偶然やご都合主義を排して
犯人の意図のもとに行われる犯罪、
殺人にいたる必然性のある動機と
殺害手段、
その結果として起こる綻びと
それを真相解明に活かす手法、
不自然さのない人物設定と性格描写、
それらを効果的に提示する
筋書きの進展と描写方法、
どれをとっても隙のない
本格探偵小説としての要素を
満たしているのです。
この、終わってみれば
本格探偵小説という作品構成こそ、
本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能しましょう。
さて、本作品は
昭和21年10月に発表されました。
戦後、堰を切ったように発表された
横溝の本格探偵小説の一つです。
角川文庫の「刺青をされた男」に
ノンシリーズ作品全十篇の一つとして、
そして創元推理文庫の
「日本探偵小説全集9横溝正史集」に
金田一もの四篇に
「鬼火」とともに収録されているほか、
各種アンソロジーに
横溝の代表作として収められています。
横溝戦後短篇作品の傑作を、
ぜひご賞味ください。
(2024.12.5)
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(2025.1.30)
〔「日本探偵小説全集9横溝正史集」〕
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編集後記
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〔「刺青された男」角川文庫〕
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