幽霊話、暗号解読、でも最後は愛情物語
「チューリップの鉢」
(オブライエン/南條竹則訳)
(「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」)
光文社古典新訳文庫
「私」が一夏を過ごした大邸宅は、
恋人・アリスの祖父の
ヴァン・クーレン翁が
所有していたものだった。
翁は極度の嫉妬に狂い、
無実の妻を疑い、
その巨額の遺産を
どこかに隠したまま
亡くなっていたのだ。
ある夜、「私」の枕元に翁の…。
タイトルからは、春の陽気のような
ほのぼのとした印象を受けるのですが、
古典的SF作家オブライエンの作品です、
そんな単純なものではありません。
〔主要登場人物〕
「私」
…語り手。恋人の祖父が所有していた
大邸宅を借り受け、一夏を過ごす。
ジャスパー・ジョイ
…「私」の親友。
「私」とともに大邸宅で一夏を過ごす。
アリス・ヴァン・クーレン
…「私」が想いを寄せている女性。
貧しいながらも
慎ましやかに生活している。
ヴァン・クーレン
…アリスの祖父。莫大な遺産を、
妻や子に相続させないために隠蔽し、
命を終える。
幽霊となって「私」の前に現れる。
マリー・ヴァン・クーレン
…ヴァン・クーレン翁の妻。
夫に不貞を疑われ、
失意のうちに亡くなる。
アラン・ヴァン・クーレン
…翁とマリーの息子。
自分の子ではないと誤解した父親に
よって、無責任に育てられた後、
捨てられる。
妻との間にアリスをもうける。
これまでとりあげたオブライエン作品は
「ダイヤモンドのレンズ」が
「怪奇小説」「犯罪小説」「幻想小説」、
「不思議屋」が
「怪奇幻想」「恋愛物語」「勧善懲悪」と、
いろいろな顔を持つ二篇でした。
本作品も同じです。
キーワードを挙げるとすると
「幽霊話」「暗号解読」「愛情物語」
でしょうか。
本作品の味わいどころ①
怖いけれど怖くない幽霊話
幽霊が登場します。
ヴァン・クーレン翁の。
広い邸宅に元の持ち主の幽霊が
現れるのですから、
恐怖以外の何ものでもないのですが、
不思議なことに怖くありません。
一つは「私」とジャスパーが
哲学的な思考の持ち主であること、
そしてもう一つは
翁の財産のありかを突き止め、
アリスを幸せにしてあげたいという
「私」の強い思いがあったからでしょう。
「私」は翁の幽霊と遭遇した次の夜、
今度はジャスパーと二人で
翁の霊とまみえることになるのです。
登場人物が幽霊の存在を信じ、
幽霊を怖がらす、
幽霊に自ら会見しようとする、
怖いけれど怖くない幽霊話を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
幽霊の意図を探る暗号解読
翁の幽霊は、「私」に何かを
伝えようとして現れたのです。
もちろんそれは隠し財産のありか。
しかし「私」と翁の幽霊との波長が
完璧には一致せず、
翁が何を言いたいのか、
「私」にはわからないのです。
手掛かりは翁が手にしている
「チューリップの鉢」。
これが翁のメッセージなのです。
「チューリップの鉢」の謎を解明し、
そこから隠し財産を見付け出す、
まるで海賊の暗号を解き明かして
宝箱を見付けるような趣があるのです。
幽霊の意図を探る暗号解読を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
幽霊、でも最後は愛情物語
で、本作品はどんなテイストなのか?
「幽霊話」であっても
ホラーや怪談ではありません。
「暗号解読」であっても
冒険譚や財宝探しではありません。
実は愛情物語なのです。
「私」のアリスへの愛情、
ヴァン・クーレン翁の
孫娘アリスへの愛情、
そしてヴァン・クーレン婦人の
夫への愛情、そうしたものが
いくつも重なり合っているのです。
幽霊がはっきりと現れていながら、
最後は愛情物語として
昇華していくのです。
それこそが本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能しましょう。
やはりジャンル分けの難しい作家・
オブライエンです。
本作品は1855年発表。
日本では黒船が来航して
2年しか経過していない
幕末の混乱の最中、
その黒船を送り込んだアメリカでは
こんな素敵な物語が
雑誌掲載されていたのです。
ぜひご賞味ください。
(2024.12.9)
〔オブライエンについて〕
フィッツ・ジェイムズ・オブライエンは
1828年アイルランド生まれの
アメリカの作家です(1862年没)。
ダブリン大学で学んだ後、
ロンドンで生活するものの、
放蕩三昧で遺産を浪費、
24歳でニューヨークに渡ります。
作家として身を立てるのですが、
南北戦争での戦傷がもとで
34歳で早逝しています。
その作品の多くは
現在忘れ去られようとしています。
流通しているのは
本書一冊となっています。
※「オブライエン」で検索すると
「ティム・オブライエン」の
著書ばかりが出てきます。
〔「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」〕
ダイヤモンドのレンズ
チューリップの鉢
あれはなんだったのか? 一つの謎
なくした部屋
墓を愛した少年
不思議屋
手品師ピョウ・ルーが持っている
ドラゴンの牙
ハンフリー公の晩餐
解説/年譜/訳者あとがき
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