「百年文庫059 客」

一癖も二癖もある、一風変わった「客」ばかり

「百年文庫059 客」ポプラ社

百年文庫第59巻を読了しました。
テーマは「客」。
その主題の通り、「客」が
主人公となっている作品三篇です。
ただし単なる「客」ではありません。
一癖も二癖もある、
一風変わった「客」ばかりです。

〔「百年文庫059 客」〕
海坊主 吉田健一
天狗洞食客記 牧野信一
 小島信夫

「海坊主 吉田健一」

「海坊主」

男が立ち上って、
明け放した障子の外の
欄干を跨いで地面に降りた。
飛び降りたのではないから、
足が土を踏むまでに
背がそれだけ伸びたのである。
大男は庭を横切って、
その端から川に入った。
既に頭が四斗樽は
あると思われる…。

〔「海坊主」味わいどころ〕
①酒飲みエッセイの静かな味わい
②はしご酒、何かが始まる予感が
③「男」の正体…、いったいなぜ?

第一作から、いきなり
どう捉えていいのかわからない
作品の登場です。
文庫本にして
十頁足らずの掌品なのですが、
しみじみとしたエッセイとして始まり、
突然に幻想小説として終わる、
何とも不思議な作品なのです。

静かな雰囲気の大人の空間を描いた、
しみじみとした
酒飲みエッセイであることに、
まったく疑いを抱かずに
読み進めたのですが、
途中からおかしくなります。
フード・ファイターよろしく
大食らい日記へと
変遷するのです。
そして、驚くべき結末へと突入します。
「男」は「大男」となり、
そのまま「大亀」へと変身し、
姿を消すのです。
本作品の「客」は、
そのものずばりの「海坊主」なのです。
唐突な幻想小説へのギア・チェンジ。
「いったいなぜ?」「いったい何?」という
大きな戸惑いを抱えたまま
読み終えることになるのです。

「天狗洞食客記 牧野信一」

「天狗洞食客記」

厳しい酒に対して
こんなにも脆弱であるわが身が
日増しに
重荷となって来るのであった。
酔ったからというて
むやみと手足を
伸ばすこともかなわず、
飲みたいからというてやたらに
水をあおることも許されず、
名状しがたい陰気な…。

〔「天狗洞食客記」味わいどころ〕
①なぜか動きが珍妙になる「私」
②結局はただの偏屈爺「天狗洞」
③人を食ったような美女テルヨ

表題通り、「天狗洞」という道場
(らしいところ)の食客となった
「私」の顛末記です。
朝・昼・晩と、食膳に必ず添えられる酒に、
かつて大酒飲みだった「私」は、
その窮屈さゆえに
辟易としているのです。
筋書きらしいものがない割に、
全篇おかしみにあふれています。
味わいどころはずばり、
登場人物三人のおかしな振る舞いです。
いたって小心者でありながら、
「尊大ぶって見える癖」が
無意識のうちに現れ、
周囲に対して正反対の印象を
与える「私」。
第二作の「客」は、この変な性格を抱えた
「私」にほかなりません。
そして、
「私」以上に奇天烈な性格の二人です。
結局はただの偏屈爺「天狗洞」。
人を食ったような美女テルヨ。
これら三人の魅力を、
たっぷり味わいましょう。

「馬 小島信夫」

「馬」

妻・トキ子が
家の増築を始めた。
夫の「僕」に何の相談もなく。
ところがそれは
馬小屋なのだという。
それまで追従していた「僕」は
怒り心頭に発し、
大工の棟梁に悪態をつく。
が、気がついたときには、「僕」は
病院のベッドの上だった…。

〔「馬」味わいどころ〕
①一読して広がるユーモラスな世界
②再読して広がるシュールな世界
③読み終えて広がる底知れない恐怖感

一読して見えてきたのは
ユーモアの世界。
再読して見えてきたのは
シュールな世界。
そして底知れない恐怖感。
日本文学の奥深さを感じさせる
一篇です。
単なる「オモシロ夫婦」を描いた
作品などではありません。
これは寓話なのでしょう。
無条件で妻にすべてを任せた結果、
自分の得た財産を取り上げられ、
住居も知らぬ間に劣悪な中に置かれ、
自由すら奪われ、
真実はゆがめられ、
存在意義さえ否定されかねない。
背筋が寒くなります。
なお、本作品の場合、主人公「僕」は、
「客」というよりも「患者」といった方が
適切なのですが、寓話と考えると、
「何かの」客であると
いうことなのでしょう。
それを考えるのも、本作品の
味わいの一つと考えるべきです。

作者は三人とも味わい深い文章で
作品を書き上げる名手ばかりですが、
現在その作品の多くは
埋もれてしまっています。
ぜひその作品を味わうことによって、
掘り起こしていただきたいと思います。

(2024.12.11)

〔吉田健一の本はいかがですか〕

〔牧野信一の本はいかがですか〕
現在流通しているのは本書
「ゼーロン・淡雪 他十一篇」と
単行本一冊があるだけです。

ゼーロン・淡雪 他十一篇 牧野信一 (岩波文庫)
created by Rinker

文庫本では以下があります。
「バラルダ物語」
「鬼涙村」
「父を売る子/心象風景」

〔小島信夫の本はいかがですか〕

〔百年文庫はいかがですか〕

liliy2025によるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「駅長」
「時の崖」
「ぼんやりの時間」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA