
つまり、乱歩らしからぬ作品なのです。
「木馬は廻る」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第3巻」)光文社文庫
ここはお国を何百里、
離れて遠き満洲の…
ガラガラ、ゴットン、
ガラガラ、ゴットン、
廻転木馬は廻るのだ。
今年五十幾歳の格二郎は、
好きからなったラッパ吹きで、
昔はそれでも郷里の町の活動館の
花形音楽師だったのが、
やがて…。
粗筋を記すのではなく、
冒頭の一節を抜き書きしました。
江戸川乱歩の作品なのですが、
ミステリとは言いがたい筋書きです。
乱歩らしさがまったくありません。
それでいながらなかなかに味わい深い
掌編として仕上がっているのです。
〔登場人物〕
格二郎…浅草の木馬館のラッパ吹き。
お冬…木馬館の切符売り。十八歳の娘。
「若者」
…お冬の洋服のお尻のポケットに
附文状のものをそっと差し入れる。
本作品の味わいどころ①
しがない五十の親父の恋愛物語
筋書きは簡単に言えば、
五十をすぎた格二郎の、
お冬に対する恋愛物語です。
現代なら、
「援助交際」なり「パパ活」なり、
そのシチュエーションで
いくつもの怪しいストーリーを
創り上げることができるのでしょうが、
本作品は1926年(大正15年)の発表、
しかも二人とも
貧しい一般庶民ですから、
そのような関係には陥りません。
交際以前の、ただ二人で
話をしていられればいいという、
プラトニックな恋愛物語なのです。
つまり、乱歩らしからぬ作品なのです。
もしや格二郎がお冬に対して
言葉に書き表せないような
「いけないこと」をするのかと思えば、
そうしたものは一切なく、
恋愛物語です。
格二郎がお冬を念頭に品性下劣な
妄想を膨らませるのかと思えば、
微塵もそのような気配はなく、
恋愛物語です。
格二郎がお冬の長屋を突き止め、
屋根裏からその私生活を
覗き見るのかと思えば、
二番煎じをするはずもなく、
恋愛物語です。
これが本作品の
第一の味わいどころなのです。
この、乱歩らしからぬ、
しがない五十親父の恋愛物語を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
ネコババ、いや神様からの贈物
では、本作品はミステリではないのか?
ぎりミステリです。
なぜかといえば犯罪が
描かれているからです。
「若者」がお冬の洋服の尻ポケットに
差し入れたのは、
附文(ラブレター)ではなく、
「手の切れる様な十円札」十枚。
つまり誰かの給料袋だったのです。
格二郎はそれを
そのまま「ネコババ」するのです
(拾得物ではないので単なる「窃盗」と
なるのでしょうか)。
面白いのは、「さっきの若者は、
多分スリででもあったのか」と、
証拠もなしに「若者」を
「スリ」と決めつけている一方で、
自らの行為には目をつむり、
「天から授かったこのお金」として
都合良く解釈しているのです。
つまり、乱歩らしからぬ作品なのです。
それが原因となって格二郎に無実の罪、
例えば「若者」が犯した殺人事件の
犯人にされてしまうかも知れない、
と思えばそのような展開は現れず、
その現金を得たことによって
格二郎が犯罪者へと
転落するかと思えば、
いたって脳天気に振る舞うだけであり、
「若者」がその仕返しのために
格二郎を執拗に追い回すのかと思えば、
「若者」は二度と現れず、
何も筋書きは
発展していかないのです。
これを本作品の第二の
味わいどころと考えるべきです。
この、乱歩らしからぬ、
さらなる犯罪へと結びつかない
ミステリを、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
あるべき展開を想像する楽しみ
このように、
乱歩らしさがまったくない分、
読み手はついつい乱歩作品としての
「あるべき展開」を
思考してしまわざるを得ないのです
(いや、それは
私だけかもしれませんが)。
これこそが本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能してください。
と、戯れ言を書きましたが、
「算盤が恋を語る話」と似たような
タッチの作品なのです。
「作品解説」を読むと、
乱歩はこの浅草の木馬館に何度か通い、
横溝正史と一緒に
回転木馬に乗ったのだとか。
本作品から「あるべき展開」を
創造するよりも、
乱歩と横溝という日本ミステリの
巨人二人が並んで木馬にまたがり、
回転している情景を想像する方が、
なんともいえない
「怖さ」を感じてしまいます。
ぜひご賞味ください。
(2024.12.12)
〔青空文庫〕
「木馬は廻る」(江戸川乱歩)
「算盤が恋を語る話」(江戸川乱歩)
〔「江戸川乱歩全集第3巻」〕
踊る一寸法師
毒草
覆面の舞踏者
灰神楽
火星の運河
五階の窓
モノグラム
お勢登場
人でなしの恋
鏡地獄
木馬は廻る
空中紳士
陰獣
芋虫
私と乱歩 間村俊一
〔関連記事:乱歩作品〕



〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕


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