読み手の思考で補う、それ自体が味わいどころ
「ズームドルフ事件」
(ポースト/宇野利泰訳)
(「世界推理短編傑作集2」)
創元推理文庫
醸造した酒を売りさばき、
村を混乱に陥れているならず者
ズームドルフを諫めるため、
アブナー伯父と
ランドルフ治安官が
その住処へ向かった。
固く閉じられた部屋の扉を
ぶち抜いて二人が中に入ると、
ズームドルフは
すでに銃弾で…。
なんとも難しい作品に出会いました。
「世界推理短編傑作集2」に
収録されている
メルヴィル・デイヴィスン・ポーストの
短篇「ズームドルフ事件」です。
何が難しいか?
理解が難しいのです。
それゆえに紹介も難しいのです。
文庫本にしてわずか22頁の本作品、
読み終えれば「な~んだ」とつぶやいて
終わってしまう作品なのですが、
状況や設定に関する情報が少なく、
読み手の思考で補う必要があるのです。
〔登場人物〕
アブナー伯父
…ヴァージニアの名士(らしい)。
ランドルフ治安官
…ヴァージニアの当時の警察機構の
一員(と思われる)。
アブナー伯父とともに
ならず者を説得にいく任務に当たる。
ズームドルフ
…流れ者。ヴァージニアの山奥に
居をかまえ、収穫したモモを使って
酒を密造、近隣の村に売りさばく。
「女」
…ズームドルフに
仕えている(らしい)女。
ズームドルフを
憎んでいる(と思われる)。
ブロンソン
…年老いた巡回僧。
ズームドルフに酒造りを止めるよう
進言しにきた(らしい)。
本作品の味わいどころ①
人物の設定を想像し補う
登場人物はなんと五人しかいません。
アブナー伯父とランドルフ治安官は
探偵役、
ズームドルフは悪人で被害者、
現場にいた「女」とブロンソンは
容疑者と思われる事件関係者。
作品中におけるその役割は
明確なのですが、それぞれが
どんな設定となっているのか、
本作品に記されている情報だけでは
わからないのです。
ランドルフ治安官は想像がつきます。
「治安官」という肩書きからすれば、
警察官のようなもの、
しかも時代からすると
組織行動をする警察機構ではなく、
「保安官」のように、
単独で治安保持を任命された
立場ではないかと想像できます。
わからないのはアブナー伯父の方です。
なぜ「伯父」?
本作品だけ読むと、
ランドルフの父母の兄姉かと
思ってしまうのですが、調べてみると
「物語の語り手であるマーティンが
彼の甥に当たることによる」と
いうことなのだそうです。
しかし本作品には語り手「私」は
登場しません。
おそらくアブナー伯父シリーズの
他作品で登場するものと考えられます。
いや、そもそもアブナー伯父とは
どんな立場なのか?
これもよくわかりませんでしたが、
治安官に同行しているところを見ると、
ヴァージニア州の名士といった
あたりと推察できます。
細かいことをいえば、
ブロンソン(名前の雰囲気からすると
強面の保安官というイメージが
あるのですが)の「巡回僧」というのも
よくわかりませんでしたが、
筋書きの上では無視してかまわないので
気にしないことにしましょう。
このように、登場人物の設定を
読み手が想像して補うことが
求められているのです。
それ自体を
本作品の第一の味わいどころと考え、
しっかり堪能しましょう。
本作品の味わいどころ②
当時の状況を調べ考える
さらに理解が難しいのは、
ズームドルフはいったい何の罪を
犯していたのかということです。
書かれてあるのは
「彼が売り出す酒が、
ふもとの村村に氾濫した。
怠惰と悖徳が
村人の骨の髄までしみ入り、
いままでの平和な村村は、
暴力に明け争闘に暮れるという
日常に変わっていった」。
禁酒法違反?
しかし調べてみると本作品は
1914年発表。
合衆国の禁酒法は
1920年から1933年ですから、
その施行前なのです。
法制定以前から飲酒および酒製造が
問題視されていたのか、
キリスト教等の宗教上の事情なのか、
当時のヴァージニア州独自の制度
(もしくは感覚)なのか、
詳しい事情はわかりません。
しかしながら殺害されても致し方ない
書き方から考えると、
やはり酒=悪という感覚が
当時はあったのでしょう。
そうした書かれざる当時の状況を
読み手が調査して考えることが
求められているのです。
それ自体を
本作品の第二の味わいどころと考え、
じっくり咀嚼しましょう。
それにしても、
どう考えても酒が悪いわけでもなく、
酒を造って販売している
ズームドルフが悪いわけでもなく、
酒を飲んで理性を失っている人間が
悪いに決まっているのですが、
ここまで酒と酒の醸造者を悪者視する
感覚はよくわかりません。
「銃が悪いのではなく、
使う人間が悪いのだ」という論理で、
銃を規制せずに野放しにしている国の、
一世紀前の姿がこうだというのは、
ある意味、面白いものです。
本作品の味わいどころ③
作者の工夫を見つけ出す
トリックはわかってしまえば簡単です。
しかし、それを上手に隠して
ミステリとして仕上げている
作者の工夫こそ、
味わうべきポイントと考えます。
探偵役と被害者以外の関係者を、
「女」とブロンソンの二人に絞り込み、
読み手の目を眩ます手法、
そしてその二人に
「自白」までさせる周到さ。
わざわざ現場を
内側から閉じられている部屋にして
「密室殺人」としているところも、
作者の創意工夫のたまものでしょう。
さらには悪の象徴「酒」をつくっている
ズームドルフが、結果として
「酒」に身を滅ぼされているという
筋書きも秀逸です。
そうした作者の施した
創意工夫を読み取ることにより、
本作品は一層の輝きを見せるのです。
それ自体を
本作品の第三の味わいどころと考え、
たっぷりと満喫しましょう。
さて、作者ポーストは、
ポーの次に誕生した
アメリカの探偵小説作家として
知られています。
ポーの生み出した探偵デュパンの
最初の事件の犯人が、
実は「人間以外の生物」だったのですが、
それを引き継いだ(わけでも
ないのでしょうが)ポーストは、
なんと事件の犯人を
「人間以外の」生物でも、
ましてや物質でもないものに
してしまうという荒技を披露したのが
本作品です。
それをずばり書いてしまいたい気持ちを
抑えながら、
ここまで綴ってしまいました。
ぜひご賞味ください。
(2024.12.19)
〔ポーストの本はいかが〕
〔「世界推理短編傑作集2」〕
放心家組合 バー
奇妙な跡 グロラー
奇妙な足音 チェスタトン
赤い絹の肩かけ ルブラン
オスカー・ブロズキー事件 フリーマン
ギルバート・マレル卿の絵
ホワイトチャーチ
ブルックベンド荘の悲劇 ブラマ
ズームドルフ事件 ポースト
急行列車内の謎 クロフツ
〔「世界推理短編傑作集」はいかが〕
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