表題どおり「生きたまま埋葬される恐怖」
「早過ぎた埋葬」(ポー/渡辺啓助訳)
(「ポー傑作集」)中公文庫
興味津々として人に迫るけれど、
さて普通の物語とするには
余りに凄すぎると言ふやうな
材料が幾らもある。
したがつて世の常の物語作者
(ロマンチスト)は、
怖気を顫はせたり
胸をむかつかせたり
したくない限り、
かう言ふ材料は避け…。
旧仮名遣いが特徴の、
渡辺温・啓助兄弟訳の「ポー傑作集」の
一篇です。
表題どおり「生きたまま
埋葬される恐怖」が描かれています。
以前とりあげた「アッシャア館の崩壊」
(「アッシャー家の崩壊」)も、
妹を生きたまま埋葬したことが
描かれていますし、
「黒猫」も、結果的に生きたまま
黒猫を壁に塗り込めてしまったことが
破滅へとつながっています。
「生きたままの埋葬」は、
ポー好みの材料の一つなのでしょう。
〔主要登場人物〕
「私」
…全篇を通じての語り手。
具体名は与えられていない。
カタレプシー患者。
ヴィクトリン・ラフールヤード
…第2事例での「早過ぎた埋葬」者。
百万長者の令嬢。
ジュリアン・ボッシュエ
…ヴィクトリンに恋していた若者。
埋葬された彼女を結果的に救出し、
結ばれる。
レネル
…ヴィクトリンの結婚相手。
彼女に対して冷淡だった。
エドワード・スタップルトン
…第4事例での「早過ぎた埋葬」者。
弁護士。蘇生する。
本作品の味わいどころ①
ルポルタージュか?誤埋葬の事例集
本作品、知らずに読み始めると、
どこから本編が始まるか
分からないようなしくみと
なっています。
粗筋代わりに掲げた
作品冒頭の一節には、
虐殺や悪疫、大地震など、
厄災全般についての記述が書かれ、
読み手の不安を煽ります。
それを受けて、「生きたまま
埋葬される恐怖」が語られるのですが、
その事例が
なんと四例も記されているのです。
一例目「バルチモア近隣に住む
某氏の妻女」の例が示されます。
そこでは具体名は示されず、
続く二例目ではじめて個人名による
「百万長者の令嬢
ヴィクトリン・ラフールヤード」の例が
紹介されるのです。
これが本編かと思えば、その次に再び
「アメリカの一歩兵士官」の例として
匿名事例が現れます。
さらに「ロンドンの弁護士
スタップルトン」の例が続くのです。
これはもしかして
単なるルポルタージュか?
そう思い始めたところで
本編が姿を現すのです。
まずはルポルタージュにも似た、
背筋が寒くなる誤埋葬の事例集を、
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
自身の恐怖体験か?埋葬された「私」
ようやくたどり着いた本編での、
「早過ぎた埋葬」をされた人物は
なんと「私」。
カタレプシー(本作品では類癇:
カタルプシイと表記されている)
患者であり、
誤埋葬が可能性として十分考えられる
身の上なのです。
いよいよここからが語り手自身による
身の毛もよだつ恐ろしい体験談が
綴られるのかと思いきや…、
確かに体験談ではあるのです。
しかしながら…、
ぜひ読んで確かめてくださいとしか
いいようがありません。
四事例を受けての「私」の恐怖体験を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
本作品の本質は…、試行錯誤の小説
で、読み終えると、これはいったい
どういう類いの小説か?という疑問に
突き当たる可能性があります。
しかし本作品は1844年の発表
(ちなみに日本は江戸時代、
明治の夜明けまでまだ24年もあった)。
まだまだエンターテインメントとしての
文学など皆無の時代です。
そうした頃に、ポーは試行錯誤しながら
エンターテインメントの在り方を
模索していたと考えられます。
本作品は後の世に続く
ミステリ、SF、ホラー、幻想小説等の
嚆矢であり、
いわばプロトタイプなのです。
それを踏まえると、
そうしたエンターテインメントの
先駆け的存在感こそ、
本作品の最大の味わいどころと
考えられるのです。
たっぷりと味わいましょう。
ただし本作品の本質は、
そうしたエンターテインメントに
あるのではなく、
死への恐怖をや幻想を捨て去ることが
魂の平穏へとつながるという
メッセージにあることは
いうまでもありません。
さて、こうした「誤埋葬」は、
土葬が一般的だった西洋では、
「身近に起こりうる恐怖」として
定着していたとのことです。
火葬中心の日本ではそのようなことは
起こりえないのですが…、
よく考えると生きながら焼かれる方が
よほど恐ろしいことです。
確か江戸川乱歩のミステリに、
そうした恐怖が描かれる
サディスティックな作品が
あったはずです。
怖いもの見たさに、
探してみましょうか。
(2024.12.20)
〔「ポー傑作集」〕
黄金虫 渡辺温 訳
モルグ街の殺人 渡辺温 訳
マリイ・ロオジェ事件の謎 渡辺温 訳
窃まれた手紙 渡辺啓助 訳
メヱルストロウム 渡辺啓助 訳
壜の中に見出された手記 渡辺温 訳
長方形の箱 渡辺温 訳
早過ぎた埋葬 渡辺啓助 訳
陥穽と振子 渡辺啓助 訳
赤き死の仮面 渡辺温 訳
黒猫譚 渡辺啓助 訳
跛蛙 渡辺啓助 訳
物言ふ心臓 渡辺温 訳
アッシャア館の崩壊 渡辺啓助 訳
ウィリアム・ウィルスン 渡辺温 訳
渡辺温 江戸川乱歩 著
春寒 谷崎潤一郎 著
温と啓助と鴉 渡辺東 著
〔たくさんあるポーの文庫本〕
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