示される女性のキャリア形成モデル
「まず歩きだそう」(米沢富美子)
岩波ジュニア新書
理系研究者に占める
女性の割合を考えると、
わが国はOECD参加国の中で
最低である。
改善するには現役の女性研究者を
増やさなければならない。
長期的視点に立って、
理系を志望する女子中学生や
女子高生たちの
数を増やすことが…。
(「はじめに」より一部を抜粋)
「リケジョ」という言葉が十数年前から
使われるようになりました。
本書の著者・米沢富美子を
一言でいうならば、
日本のリケジョの先駆けということに
なるでしょう。
理系の研究者が
ほとんどいなかった時代、
自らの行動力で道を切り開き、
物理学の第一人者として
活躍し続けたのですから。
本書は、そんな著者の、
自叙伝ともいうべきものですが、
それ以上に生き方の指南書として
重宝しそうです。
実にいろいろなことを教えてくれます。
〔本書の構成〕
はじめに
第1章 原点は空だった
―夢は果てしなく
第2章 物理までの道のり
―理科好き少女、発進!
第3章 物理にまっしぐら
―「両方選ぶ」人生へ
第4章 物理を楽しむ
―世界への挑戦
第5章 物理をいつまでも
―若い人たちへのメッセージ
あとがき
※詳しくはこちらから(岩波書店HP)
本書の味わいどころ①
説得力ある「まず歩きだそう」の言葉
ほとんど女性が
進出していない分野・物理学で、
研究者として自立していくには
私たちの想像できないくらいの
困難があったはずです。
それを打ち破ることができたのは
著者の行動力の大きさゆえでしょう。
第2章・第3章には、
そうした著者の姿勢が
いたるところに記されています。
物理学の先人・湯川秀樹博士に
会いたいがために、
母親の友人を介して
強引に約束を取り付ける。
夫の転任先の
ロンドンに同行するために、
ロンドン中の大学院に
奨学金付きの留学申請を出しまくる。
続いて夫の米国転勤に同行するために、
ニューヨーク中の大学の
客員研究員のポストに応募しまくる。
自分の「やりたいこと」を
かなえるための、
そのなりふり構わない姿勢は、
読み手に強烈な印象を与えます。
表題の「まず歩きだそう」が、
強い説得力を持って
迫ってくるかのようです。
あたかも「お前はそれでいいのか」と
叱咤激励されているような
錯覚をおぼえるほどです。
まずは著者のエネルギッシュな行動力を
じっくりと味わいましょう。
本書の味わいどころ②
納得させられる「考えるのは楽しい」
著者は本当に
「考えること」が好きなのだということ
~それも「誰も解けないような
難しい問題」であればあるほど~が
伝わってきます。
第1章での幼児期から小学校卒業まで、
そして第4章での
京大助教授着任以降の半生において、
疑問や課題、研究テーマを
自ら見付け出し、それを解明してゆく
楽しさについてが綴られています。
私たちはともすれば
難しいことを後回しにしたり、
考えるのを放棄したり
してしまうのですが、著者は
楽しんで難問と向き合っているのです。
「こんな楽しいことを
どうして避けるの?」
「難問を解き明かした先にこそ
本当の楽しみがあるのに!」と
著者から心を揺さぶられている
気持ちになります。
著者のエキサイティングな
課題探究の姿勢を、
次にしっかり味わいましょう。
本書の味わいどころ③
示される女性のキャリア形成モデル
そしてなによりも素敵なのは、
本書がそのまま
「女性のキャリア形成モデル」として
機能しているということでしょう。
男性はともかく、女性の
「生き方モデル」は変転しています。
現在の女子中学生女子高生にとっては、
母親の生き方がロールモデルと
なりえないことが多いのです。
まだまだ女性にとって閉鎖的と
いわれている日本の社会ですが、
この二十年間で、それでも少なからず
門戸が広がり(というより著者のような
先駆けたちがこじ開けた)、
女性の活躍する場は
大きく広がっているのです。
しかし肝腎の
女子中学生・女子高生たちの意識は
それに対応できていないのです。
無意識のうちに旧来の価値観に
縛られている子どもたちの
なんと多いことか。そうした
女子中学生・女子高生たちにとって、
本書は格好の
キャリア形成モデルとなるはずです。
「リケジョの先駆け」としての
著者の生き方こそ、
本書の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能してください。
物理学の知識がいくつか登場しますが、
その内容には踏み込んでいません
(自身の専門領域の知識を得意げに
披露する自叙伝もあるのですが、
本書は違います)。
したがって、読んで難しいと
感じるところはまったくありません。
しかも単なる自叙伝に留まらず、
その内容や表現は
エンターテインメントの要素を
多々含みます。
中学生でも読みこなせる上、
面白さも抜群です。
中学生に強く薦めたい一冊です。
もちろん大人のあなたにもお薦めです。
(2024.12.23)
〔著者・米沢富美子について〕
私は本書を刊行当初の2009年に購入し、
初読しました。
今回再読するにあたり、
著者について調べてみましたが、
2019年にすでに亡くなられていました。
ご冥福をお祈りいたします。
〔米沢富美子の本について〕
専門書も多数刊行されていますが、
一般書として
以下のものが流通しています。
〔関連記事:岩波ジュニア新書〕
〔岩波ジュニア新書はいかがですか〕
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】