ほろ苦さと切なさの漂う読後感ですが…
「交叉点」(丹羽文雄)
(「百年文庫060 肌」)ポプラ社
妻の死をきっかけに
自暴自棄となり、
横浜の場末のアパートに
流れ着いた川上。
彼は隣室に住む
高校生にも思える風貌の娘・
友子に興味を持つ。
しかし彼女は
米兵相手の酒場の女だった。
川上の友子に対する憐憫の情は、
やがて形を変え…。
憐れみの気持ちはやがて愛に変わり…、
とはお決まりのパターンですが、
川上の友子への思いは
いったいどのようなものだったのか?
丹羽文雄の短篇作品「交叉点」、
川上と友子、それぞれの
不器用な生き方が交錯していきます。
〔主要登場人物〕
川上信介
…妻を自動車事故で失い、
その悲しみのあまり自暴自棄となる。
横浜の場末のアパートへ
引っ越してくる。三十八歳。
川上洋子
…信介の妻。故人。
安西友子
…川上の隣室に住む娘。二十三歳。
米兵相手の酒場の女。
キン
…友子と同居しているが、
血のつながりはない老女。
療養所で友子と知り合う。
芝
…友子を食い物にしていた青年。
羽田宗一
…川上の大学時代の友人。
高級料亭「横水」の経営者。
川上を雇う。
敬子
…「横水」の女中。品のよい女性。
本作品の味わいどころ①
優しそうで実は残酷といえる川上
基本的には川上は
優しい男なのでしょう。
妻・洋子を愛し、
すべてを擲って愛し抜き、
そして妻を失ってからは
自暴自棄になるくらいですから、
心の底から愛していたのでしょう。
それは友子に対しても同様です。
同様なのですが、そのやさしさは
愛からではなく憐れみからなのです。
結果として、二人の関係は、
友子にとって残酷な結果を迎えます。
その姿は、読み手が男性であれば
「仕方ない」で済ませてしまうでしょう。
女性ならば「ひどい男」と
斬り捨てるかもしれません。
優しそうで実は残酷といえる主人公・
川上の生き方を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
男につくすことで生きている友子
友子は悲しい女性です。
彼女の身の上を想像すると、
切なさを感じてしまいます。
自分に近づいてくる男に、
ことごとく惚れてしまい、
その結果として
その男にすべてを捧げてしまうのです。
最初から金目当てで接近してきた青年・
芝に対してすら
借金を抱えてまでつくし、
最後には捨てられるのです。
流れに身を任せすぎているその姿は、
読み手が女性なら、
いらだちを覚える可能性があります。
男性であるなら、
そこに激しい同情を
感じてしまうのではないでしょうか。
痛々しいまでの友子の生き方を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
必死で生きながらもすれ違う二人
現代からの視点では、
理解が難しくなってしまった
作品かもしれません。
川上も友子も、その生き方はいくらでも
非難されるべき点が見られるからです。
しかし本作品は1961年発表、
その作品舞台も横浜のアメリカ兵が
帰還し始めていた時代ですから、
1950年代後半となるはずです。
太平洋戦争終結から
十年が経ったとはいえ、
まだまだ混乱が見られた時期です。
川上も友子も、
生きることに必死だった、
その結果と考えるべきでしょう。
その、不器用ながらも
懸命に生きている二人でしたが、
その生き方は
重なり合うことはありませんでした。
ほろ苦さと切なさの漂う読後感ですが、
それを味わうのも
読書ならではのものなのです。
すれ違う二人の生き方こそ、
本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
アパートの隣り合った部屋の男女が
親しくなるなど、
もしかしたら現代では
考えられないことなのかもしれません。
住人どうしが挨拶を交わし合ったり、
井戸端会議を開いたりといった、
懐かしい風景が垣間見られる作品です。
昭和の時代は、
かくも遠くなったと実感させられます。
昭和生まれのあなたに
お薦めしたい逸品です。
(2024.12.25)
〔丹羽文雄の本はいかがですか〕
官能的な作品を数多く書き上げた
丹羽文雄ですが、作品の多くは
やはり絶版中となっています。
2024年12月現在、
紙媒体で流通しているのは、
P+D BOOKSから出版されている
「親鸞」(全7巻)のみのようです。
電子書籍からは
いくつか復刊しています。
古書をあたれば、
次のような作品が見つかります。
「菩提樹」
「厭がらせの年齢」
「運河」以上新潮文庫
〔「百年文庫060 肌」〕
交叉点 丹羽文雄
ツンバ売りのお鈴 舟橋聖一
金色の鼻 古山高麗雄
〔百年文庫はいかがですか〕
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