その面白さは、殺人事件に限っていないこと
「シャーロック・ホームズの冒険」
(ドイル/日暮雅通訳)光文社文庫
64年に及んだ
ヴィクトリア女王の治世が
末期を迎えた19世紀末には、
大英帝国の繁栄とは裏腹に、
社会のあちこちに
いくつものほころびが
見え隠れしていた。
上流中流階級の豊かな暮らしとは
対照的に、ロンドンの
スラム街や裏町には…。
(「私のホームズ/小林章夫」)
本書ドイルの
「シャーロック・ホームズの冒険」を、
いったい何度読み返したでしょうか。
そのときどきで気に入ったものを
再読しているのですが、
読むたびに新鮮な興奮を覚えます。
これまでとりあげた本書の一篇一篇を
集約してみました。
〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫
「ボヘミアの醜聞」
ホームズに探偵を依頼したのは、
仮面をつけた大柄な紳士だった。
ある女性と二人で写った写真を
取り戻して欲しいというのだ。
それはボヘミア王室に関わる
重大な事件なのだという。
仮面の紳士はなんと
そのボヘミアの国王だった…。
〔「ボヘミアの醜聞」味わいどころ〕
①やはり前二作を読んでからが面白い
②すでに名声を得ている探偵ホームズ
③初回からいきなり敗戦、でも大成功
ホームズの探偵譚の面白さは、
殺人事件に限っていないことでしょう。
明智や金田一の扱っているのは
ほぼ100%殺人事件です。
いかにして殺したかが
ミステリの主な謎解きの要素ですが、
ホームズはそれ以外の
広範囲の「謎」解きが
用意されているのが魅力でしょうか。
第一作「ボヘミアの醜聞」での
ボヘミア王からの依頼は、
脅迫のネタとなっている
写真を取り戻すことでした。
実際、ホームズの事件簿には、
殺人事件は数少ないのです。
その一方で、いくつか見当たるのは
「組織犯罪」。その代表例が
第二作「赤毛組合」、そして
第五作「オレンジの種五つ」であると
いえます。
「赤毛組合」
ホームズは赤い髪の男・
ウィルスンから
奇妙な依頼を受ける。
「赤毛組合」の解散の事情を
調べて欲しいというのである。
「赤毛組合」とは
百万長者だった赤毛の男が
自分の遺産を同じく赤毛の人々に
分け与えるために
創立した団体だった…。
〔「赤毛組合」味わいどころ〕
①事件は何?「赤毛組合」とは何?
②ホームズは何を捜査している?
③驚愕の真相、ホームズ恐るべし
「オレンジの種五つ」
嵐の夜に
ホームズを訪れた青年は、
奇怪な事件を打ち明ける。
彼の伯父と父親が、
正体不明の団体から
五粒のオレンジの種の同封された
脅迫状を受け取ったあとに、
謎の死を遂げたというのだ。
そして彼もまた
それを受け取っていた…。
〔「オレンジの種五つ」味わいどころ〕
①迫り来る秘密結社の恐怖
②警察を当てにしない探偵
③未解明のまま終わる事件
ホームズの事件簿には、
盗難事件の捜査もいくつかあります。
第七作「青いガーネット」、そして
第十一作「緑柱石の宝冠」は、
その例にあたるでしょう。
両者はさらに、
ホームズの探偵能力の高さが
うかがえる作品にもなっています。
「青いガーネット」
クリスマスの朝、
喧嘩の現場で拾ったという
帽子とガチョウを
ホームズのもとに届けてきた
ピータースン。
ガチョウは彼のものとなったが、
その餌袋の中には、
モーカー伯爵夫人の家から
盗まれた宝石「青いガーネット」が
入っていた…。
〔「青いガーネット」味わいどころ〕
①冴え渡るホームズのプロファイリング
②冴え渡るホームズの高速聞きこみ捜査
③冴え渡るホームズの事件処理判断能力
「緑柱石の宝冠」
大銀行頭取・ホールダーは、
ある高貴な人物への
融資の担保として、
「緑柱石の宝冠」を預かる。
ある晩、もの音に目覚めた
彼が駆けつけると、
彼の息子がその宝冠を手にして
立っていた。
宝冠からはすでに
三個の緑柱石が失われていた…。
〔「緑柱石の宝冠」味わいどころ〕
①ホームズの探偵術①
手がかりから物語を読む
②ホームズの探偵術②
人物を見ずに事実を見る
③ホームズの探偵術➂
クライアントに寄り添う
「緑柱石の宝冠」は、
失われた宝石の捜査に留まらず、
冤罪を晴らす物語でもあります。
冤罪の捜査については
第四作「ボスコム谷の謎」にも
見られます。
「ボスコム谷の謎」
ボスコム谷で起きた
チャールズ・マッカーシー
殺害事件。
状況はすべて息子である
ジェイムズが犯人であることを
指し示していた。
しかし父子の隣人であり、
ジェイムズを愛するアリスは、
彼の無実を信じ、
ホームズに調査を求める…。
〔「ボスコム谷の謎」味わいどころ〕
①プロファイリング的観察
②ホームズの合理主義捜査
③人情味ある決着の付け方
ホームズはさらに
行方不明となった人物捜しも得意です。
第三作「花婿の正体」では、
結婚式の朝に失踪した花婿を、そして
第十作「独身の貴族」では、
同様に披露宴で姿を消した
花嫁の行方を見事に捜し出します。
しかしその結末は全く異なります。
第六作「唇のねじれた男」もまた
アヘン窟に消えた男の行方を
ホームズは捜し出します。
「花婿の正体」
ホームズのもとを
訪れた依頼人は、
メアリという娘だった。
彼女の花婿となる男性・
エンジェルが、結婚式の朝に
失踪したのだという。
その日、二人は別々の馬車で
教会に到着したのだが、
彼は後ろの馬車から
忽然と姿を消していた…。
〔「花婿の正体」味わいどころ〕
①相変わらずの鋭い観察眼
②捜査は手紙を書いただけ
③意外な結末、意外な決着
「独身の貴族」
披露宴の席上から
姿を消した花嫁。
依頼人サイモン卿はやつれた顔で
ホームズに捜査を依頼する。
卿との会談を終えたホームズは、
事件はすでに解決していると
言い放つ。
直後に現れたレストレード警は
殺人の可能性を示唆するが…。
〔「独身の貴族」味わいどころ〕
①卿との会談から全てを見抜くホームズ
②重大な証拠の裏面を読み取るホームズ
③晩餐に招いて解決報告をするホームズ
「唇のねじれた男」
セントクレア氏が
妻によって阿片窟で目撃され、
妻が警官とともに
現場に向かったところ、
氏は消え失せ、
唇のねじれた男ヒューが
いるだけであった。
窓枠には血痕があり、
ヒューはその場で逮捕されたが、
氏の所在は不明のまま…。
〔「唇のねじれた男」味わいどころ〕
①アヘン窟で何が起きたか?
②ホームズの見立てが外れる
③決着としての「粋な計らい」
殺人事件が
まったくないわけではありません。
しかしホームズはそうした事件でも
高い能力を発揮し、
次に起こりうる事件を
未然に防ぐのです。
第九作「技師の親指」、
第十二作「ぶな屋敷」、そして
第八作「まだらの紐」は、
重大事件を未然に防いだ
ホームズの活躍が描かれているのです。
「技師の親指」
開業医に戻っていた
ワトスンのもとに、
親指を切断されたハザリーが
治療に訪れた。
彼は水力技師で、
スターク大佐という男から
高額の仕事を依頼され、危うく
殺されるところだったという。
ワトスンは彼をホームズに
引き合わせる…。
〔「技師の親指」味わいどころ〕
①「知りすぎてしまった男」ハザリー
②「ドラマを創り出す女性」エリーゼ
③「すべてを暴き出す探偵」ホームズ
「ぶな屋敷」
ぶな屋敷と呼ばれる邸宅で
住み込みの家庭教師を引き受けた
若い女性・ハンターが、
ホームズを訪れる。
彼女はルーカッスル氏から
高額の年俸を提示されたが、
その雇用条件は
髪をショートにしてほしいなど、
奇妙なものであったという…。
〔「ぶな屋敷」味わいどころ〕
①「課せられた仕事」に隠されている秘密
②謎に満ちた決して開けてはいけない扉
③未発生の事件の真相を見抜くホームズ
「まだらの紐」
恐怖に怯えた依頼者・ヘレンは、
自らの身の上に起きた
怪しい一件をホームズに語る。
二年前に急死した姉は、
「真夜中に聞こえる口笛」と
「まだらの紐」を
口にしていたという。
今また彼女自身が、
亡くなった姉の部屋で
口笛を聞いたと…。
〔「まだらの紐」味わいどころ〕
①犯人はどこから見ても悪人
②度肝を抜く奇抜な殺害方法
③ホームズ、決死の潜入捜査
さて、ホームズの短篇は全部で56篇。
したがってまだ44篇もあるのです
(ほとんど読み終え、
うち6篇はすでに取り上げています)。
これからも
味わいつくしたいと思います。
みなさんもぜひご賞味ください。
(2024.12.27)
〔関連記事:ホームズ長篇作品〕
〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。
【今日のさらにお薦め3作品】
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