「Nのために」(湊かなえ)

真実のピースを探しだし、自らの脳内に組み立てる

「Nのために」(湊かなえ)双葉文庫

みんな一番大切な人のことだけを
考えた。
一番大切な人が
一番傷つかない方法を考えた。
すべてを把握できなくても、
大切な人を守れたのなら、
それで満足だったのか、
誰も真実を
詮索しようとしなかった。
真実をすべて知りたい…。
(第一章終末「十年後」より抜粋)

これ以上、
湊かなえにはまってはいけない、
そういう抵抗も虚しく、
また読んでしまいました。
これで6冊目です。
「Nのために」です。
「N」とは何か?下に記した
人物名を見ればわかるように、
筋書きに深く関わる人物は、
それぞれイニシャルに
「N」を含むのです。
読み終えれば、
「N」を持った人物たちは
他の「Nのため」に動いていることに
気づかされるのです。
重厚な筋書きが展開していきます。

〔主要登場人物〕
野口貴弘

…大手商社課長。資産家の父を持ち、
 家庭は裕福。事件により死亡。
野口奈央子
…貴弘の妻。貴弘の勤務先の重役の娘。
 事件により死亡。
杉下希美
…大手住宅メーカーに内定した
 大学4年生。野バラ荘102号室住人。
 将棋が趣味。愛媛県青景島出身。
 事件当時、野口から自宅での
 食事会に招待されていた。
成瀬慎司
…大学4年生。高級レストランで
 アルバイト、そのまま就職。
 事件当時レストランの
 出張サービスで野口家にいた。
安藤望
…野口と同じ会社に勤務、野口の部下。
 事件の一年前まで野バラ荘在住。
 事件当時、野口から自宅での
 食事会に招待されていた。
西崎真人
…大学4年生。野バラ荘在住。
 自称作家。美男子。
 奈央子の依頼で花屋に扮して
 野口家に入り、
 奈央子を救出しようとした。
 貴弘殺害を自供。
 懲役十年の判決を受ける。
杉下晋
…希美の父親。
杉下洋介
…希美の弟。
野原
…野バラ荘の管理人の老人。
鈴木健一
…小学校時代の西崎の担任教師。

本作品の味わいどころ①
単純から複雑へ、愛と過誤の連鎖

事件そのものは単純です。
野口貴弘・奈央子夫婦が殺害された。
その犯人として
奈央子と不倫関係にあった西崎が
現行犯逮捕された。
それだけなのです。
第五章まである章立てのなかで、
第一章は
「事件」
「N・杉下希美」
「N・成瀬慎司」
「N・西崎真人」
「N・安藤望」
「受付担当者の証言」
「ラウンジ担当者の証言」
「判決」
「十年後」という構成であり、
事件の概要が関係者の証言によって
紹介されていくだけなのです。
ここにいったい
どんな「謎」があるというのか?
しかし冒頭にも掲げた「十年後」の、
「真実をすべて知りたい」という
登場人物の一人の述懐によって、
四人の証言に、
それぞれ嘘が隠されていることが
判明するのです。

第二章から第五章は、
その四人が一人一章ずつ語り手を務め、
事件当時を振り返って
述懐していくという
構成となっています。
それによって、次第に事件は
別の顔を見せてくることになるのです。
単純から複雑、その筋書きの全貌が
見えてくるとともに明かされる
愛と過誤の連鎖こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
過去から未来へ、愛と呪縛の連鎖

第二章から第五章において、
四人は事件当時のみならず、
事件にいたるまでの
過去を振り返ります。
単純な事件の根底には、
複雑で重厚なドラマが
姿を現してくるのです。
その過去は陰惨であり、
ごく普通の大学生に見えた四人が、
それぞれ重い過去に縛られ、そこから
脱出しようとしてもがきながら、
なお呪縛されているという
実態が見えてくるのです。

いたるところに
伏線が張られるとともに、
それらが丁寧に回収され、
四人の封印されていた過去が
解明されていくのです。
そこには「愛」があるとともに
「愛に似て非なるもの」があり、
彼らを縛りつけているのです。
それぞれの章の末尾に付された
「十年後」で、彼らはそれを
克服することができているのか?
過去から未来、
四人の魂の変遷を追う中で鮮明となる
愛と呪縛の連鎖こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
Nから別のNへ、愛と欺瞞の連鎖

そして読み終えると、
一人一人が他の誰か(N)を愛し、
他の誰か(N)のために過誤を犯し、
他の誰か(N)をかばうために、
結果として四人が四人とも
虚偽の証言をしていたことが
明らかにされていくのです。
読み手は第二章から第五章までの
四人の述懐を丁寧に検証しながら、
真実のピースを探しだし、
それを自らの脳内に組み立てていく
作業が必要となるのです。
すべてのパーツが
組み合わさったときに姿を現してくる
愛と欺瞞の連鎖こそ、
本作品の最大の
味わいどころといえるのです。

軽く読み流してしまえば、
その濃縮された旨味に気づかないまま
終わってしまう可能性があります。
文学作品にも匹敵する
堅牢な構成と荘重な主題を持った、
もはやミステリの範疇を超えてしまった
作品といえます。
ぜひご賞味ください。

(2025.1.3)

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