「二銭銅貨(少年探偵版)」(江戸川乱歩)

乱歩のデビュー作の少年探偵版、しかも明智登場

「二銭銅貨(少年探偵版)」(江戸川乱歩)
(「暗黒星」)ポプラ社

ある日、松村は、
釣り銭の二銭銅貨が二つに割れ、
中に暗号文が隠されていることを
見つける。
それを解読した彼は、
泥棒の隠し金・五万円を
手に入れたと
喜び勇んで帰ってくる。
「俺は君より頭がいい」と
豪語する彼に対し、
明智は…。

日本ミステリ界の巨人・江戸川乱歩
デビュー作として知られる「二銭銅貨」
実はその超有名作に、
少年探偵版がありました。
なんと明智小五郎が登場します。

〔主要登場人物〕
明智小五郎

…大学生。
 大学近くの下宿屋で生活している。
松村武
…明智の友人。
 明智と同居し共同生活を送っている。
紳士泥坊
…五万円を盗み逮捕されるが、
 金の隠し場所を自供しない。

本作品の味わいどころ①
明智に代えても違和感のない筋書き

読んでみると
まったく違和感がありません。
実質的な登場人物は原作品でも
「私」と松村の二人だけ。
紳士泥坊は二人には絡んでこないため、
「私」を明智に変更したところで、
大きな差し障りはないのです。

乱歩作品のジュヴナイル化は、
それなりに苦心の跡がみられます。
「蜘蛛男」などでは
エログロ要素を無毒化するのに
リライト作家が相当苦労したはずです。
「大暗室」にいたっては、
原作品が明智の登場しないものなのに、
無理矢理明智と小林少年、
さらには二十面相まで登場させるという
荒技を使ったため、
問題作となってしまいました。
本作品は、もともと
殺人や強盗といったものが
描かれていないため、
ジュヴナイルへの変更は
まったく問題がないのです。
むしろジュヴナイルとなって
すっきりしたような印象すら受けます。
この、明智に代えても違和感のない
筋書きこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
「心理試験」につながりそうな明智像

原作品の「私」は、
頭の切れる秀才タイプの人間で、
しかも多分に厭味な性格でした。
初期の明智小五郎の性格と
近いものがあります。
「心理試験」「何者」の明智は、
相手を巧妙に陥れるタイプの
探偵像として描かれていますが、
まさにそれらの作品につながりそうな
感触があるのです。
この、のちの(初期)明智像に
つながっていきそうな明智像こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

おそらく乱歩は、そうした探偵像を
「二銭銅貨」執筆段階から
イメージしていたのでしょう。
「二銭銅貨」の先に
明智小五郎が存在するのですから
当然といえば当然です。

本作品の味わいどころ③
怪人二十面相との戦い前夜的雰囲気

その一方で、やはり
少年探偵団シリーズ
前日譚的な雰囲気も醸し出しています。
なぜなら本作品は見方を変えると、
松村対明智の一騎打ちなのです。
松村も頭の良さを誇るタイプであり、
いわば知恵と知恵の
勝負が描かれているのです。
以後の少年探偵団シリーズは、
すべて基本的には
「怪人二十面相vs名探偵・明智小五郎」
であり、
本作品はその構図と同じなのです。

さらには原作品の記事でも
指摘したように、
「紳士泥坊」は怪人二十面相の
原点ともいえる造形なのです。
本作品での明智はまだ大学生。
ヤング明智小五郎なのです。
この、作品全体に漂う、
怪人二十面相との対決前夜という
雰囲気こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

「二銭銅貨」(原作品)

そのほか、原作品の味わいどころ
「日本ミステリ最高の暗号解読物語」
「ルパンと二十面相を繋ぐ紳士泥坊」
「読み手を驚かせる大どんでん返し」の
三点は、そのまま
ジュヴナイル化された本作品にも
当てはまります。
そう考えると、
短篇ジュヴナイルでありながら、
豊富な味わいどころを有した
作品といえるのです。
原作品と比べながら、
読み味わっていただきたいと思います。

(2025.1.12)

〔本作品の収録本について〕
少年探偵団シリーズの
新装版や文庫化の際、
第27巻以降は黙殺されたままです。
内容を考えると、
今後復刊することは絶望的でしょう。
この「暗黒星」ハードカバー版は
そうした意味で貴重です。
古書を探すしかありません。
以下はAmazonのページです。
「27 黄金仮面」
「28 呪いの指紋」
「29 魔術師」
「30 大暗室」
「31 赤い妖虫」
「32 地獄の仮面」
「33 黒い魔女」
「34 緑衣の鬼」
「35 地獄の道化師」
「36 影男」
「37 暗黒星」
「38 白い羽根の謎」
「39 死の十字路」
「40 恐怖の魔人王」
「41 一寸法師」
「42 蜘蛛男」
「43 幽鬼の塔」
「44 人間豹」
「45 時計塔の秘密」
「46 三角館の恐怖」

〔本作品の暗号について〕
本作品のメイン・トリックと
なっているのは「暗号」です。
「陀、無弥仏、南無弥仏、阿陀仏、
弥、無阿弥陀…」という
「坊主の寝言見たような」文字の羅列が、
暗号によって書かれた
通信文となっているのです。
解読された文面は原作品と同じ
「ゴケンチヨーシヨージキドーカラ
オモチヤノサツヲウケトレ
ウケトリニンノナハ
ダイコクヤシヨーテン」なのですが、
本作品に図示されている
対応すべき点字が、
原作品とは異なります。
原作品の方が正しいと思われますが、
よくわかりません。

〔関連記事:少年探偵団シリーズ〕

「怪人二十面相」
「夜光人間」
「緑衣の鬼(少年探偵版)」

〔少年探偵団シリーズはいかが〕

〔関連記事:乱歩ミステリ〕

「大暗室」
「押絵と旅する男」
「人でなしの恋」
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Antonios NtoumasによるPixabayからの画像

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