「エーミールと探偵たち」(ケストナー)

大人の私たちも、同じ目線で味わうべき

「エーミールと探偵たち」
(ケストナー/池田香代子訳)
 岩波少年文庫

どろぼうは
乱暴にドアをあけると、
表にとびだした。
通りに出てみると、
どろぼうはすでに、すくなくとも
二十人の男の子たちに
まとわりつかれていた。
男の子たちは、
どろぼうの足にしがみつき、
腕にぶらさがり、
上着をぐいぐい…。

以前から読みたいと思っていた
児童文学作品を
ようやく読むことができました。
ケストナー
「エーミールと探偵たち」です。
「飛ぶ教室」「ふたりのロッテ」
すでに読んでいますが、
ケストナーの作品は、
子どもが読んでもおもしろい上に、
大人が読んでもなお楽しめるという
優れた児童文学となっています。

〔主要登場人物〕
エーミール・ティッシュバイン

…母子家庭の男の子。
 父親を5歳のときに亡くす。
 ベルリンの叔母の家に行く途中、
 お金を盗まれる。
ティッシュバイン夫人
…エーミールの母親。美容師。
 苦労しながらもエーミールを育てる。
マルタ・ヒュートヒェン
…エーミールの叔母。
 ティッシュバイン夫人の妹。
 ベルリンで生活している。
ローベルト・ヒュートヒェン
…エーミールの叔父。
ポニー・ヒュートヒェン
…エーミールの従姉。
「おばあさん」
…エーミールの祖母。
 娘・マルタの家で暮らしている。
グスタフ
…ベルリンの少年たちの
 ガキ大将的存在。
 警笛を常に持ち歩いているため、
 「クラクション少年」と呼ばれている。
 エーミールを助けるため
 探偵団を結成する。
「教授」
…ベルリンの少年集団の参謀格。
 作戦を立案する。
ディーンスターク
…一番小柄な少年。自宅で
 電話センター(電話番)を担当する。
クルムビーゲル
ミッテンツヴァイ兄弟、トラウゴット
ゲーロルトフリードリヒ一世
ブルーノートツェルレット
ペツォルトブロイアー
…ベルリンの少年たち。
グルントアイス
…汽車で乗り合わせたエーミールから
 百四十マルクを盗んだ「どろぼう」。
イェシュケ
…ノイシュタットの巡査。
ケストナー
…ベルリンの新聞記者。

本作品の味わいどころ①
たくましく自立する子どもたち

筋書きを一言で表すなら
「少年探偵団」でしょう。
自分のお金を盗み取った「どろぼう」を
目の前にしながら、
何もできないでいたエーミールを、
ベルリンの子どもたちが
一丸となって助太刀し、
「どろぼう」を追いつめるという、
子どもたちにとっては痛快無比な
筋書きなのです。
でも、乱歩の「少年探偵団」とは
ひと味もふた味も違います。

乱歩の「少年探偵団」は、
結局は大人の助手にしか過ぎません。
多くの場合、最後は明智探偵が
決着をつけてしまうのです。
でも、ケストナーの「少年探偵団」は、
すべて子どもたちの力で
事件を解決していくのです。

自らの力で仲間が集まり、
自らの考えを出し合って
活動方針が決定され、
役割分担が示され、
それにしたがって子どもたちは
行動していくのです。
その過程には、
仲間に対する思いやりもあり、
それぞれの家庭事情を
考慮する配慮もあり、
親をはじめとする
周囲の大人たちへの礼節も
考えられているのです。
ただ単に「やりたいことをやっている」
のではないのです。
本作品を読んだ子どもたちは、
作中のたくましく自立する
子どもたちに対して、
羨望のまなざしを注ぐことは
間違いありません。
大人の私たちも、同じ目線で
本作品を味わうべきなのです。

本作品の味わいどころ②
さりげなく愛情を注ぐ大人たち

それが可能となっているのは、
子どもたちの親をはじめとする
周囲の大人たちが、
子どもたちを信じ、理解し、
さりげなく愛情を注いでいるからに
ほかなりません。
エーミールの叔父叔母たちも、
エーミールが予定どおりに
到着しなくても、その様子を見てきた
ポニーからの報告で、
必要以上に騒ぐことなく
娘と甥を信じて待っているのです。

もちろん大人たちは子どもたちに
好き勝手させているわけでは
ありません。
文章のいたるところから、大人たちが
子どもたちに対して普段から、
ものの道理や善悪の判断など、
しっかりと教え諭している様子が
うかがえるのです。
だからこそ、
本作品を読んだ子どもたちは、
作中の愛情溢れる大人たちに対して
尊敬の念を抱くとともに、
愛され、信用されている
子どもたちに対して
憧憬の念を抱くのだと思うのです。
大人の私たちも、
同じ視点で本作品を味わうとともに、
自らの在り方を顧みるべきなのです。

本作品の味わいどころ③
夢を与えるケストナーの筋書き

子どもたちが作品世界に
しっかりと入り込めるように、
作者ケストナーは実にいろいろな方法で
読み手の子どもたちを
引きつけています。
本編の前に
「話はぜんぜんはじまらない」、
「ここに取り出したるは十枚の絵」と、
仕掛けをつくっています。
作品執筆にあたった作者の心境を
書き記した前者は、
本編開始前の「つかみ」の部分として
機能しています。
後者は十枚の挿絵によって、
作品の重要な登場人物を
紹介するとともに、
作品の舞台を子どもにもわかるように
あらかじめ説明しているのです。

本編もまた、前半部分は
エーミールの汽車の旅での不安と
冒険心を描き出し、
後半は少年探偵団による
痛快な犯人追跡劇を提示しています。
次第に興奮が高まっていく展開は、
ケストナーの本領発揮と
いうべきものとなっています。

しかも本編冒頭では、エーミールの
母子家庭の様子を取り上げ、
二人が慎ましやかに生活していること、
母親が懸命に働いていること、
エーミールがそれをしっかりと理解し、
母親に感謝の気持ちを抱きながら
生活していること、
そしてことさら不幸などとは考えず、
幸せな気持ちで暮らしていることが
描かれているのです。

エーミールの独立心、自立心、
冒険心、探究心、
そして母親に対する愛情、
そうしたものが自然と
読み手の子どもたちに伝わり、
読み手の子どもたちの内面を育てる
役割を果たしているのです。
この点だけは、大人の私たちは、
子どもたちより一段高い目線から捉え、
味わっていくべき
「本作品の肝」と考えます。

カバー裏には対象年齢について
「小学4・5年以上」と
記されているのですが、
中学生はもちろんのこと、
大人も十分に味わえる、いや
大人だからこそ子ども以上に味わえる、
素敵な作品となっているのです。
「どうせ子どもの読み物」などと
考えるべきではありません。
大人であればあるほど本作品の
真価を味わうことができるのです。
ぜひご賞味ください。

(2025.1.13)

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