
絶品のミステリ&純文学&ショートショート
「骨仏」(久生十蘭)
(「墓地展望亭・ハムレット 他六篇」)
岩波文庫
床ずれがひどくなって
寝がえりもできない。
梶井はあおのけに寝たまま、
半蔀の上の山深い五寸ばかりの
空の色を横眼で眺めていると、
伊良がいつものように
「きょうはどうです」と
見舞いにきた。
疎開先で看とるものもなく
死にかけ…。
久生十蘭は私にとっては
捉えどころのない作家です。
「春雪」のような純文学として
完成度の高い作品があるかと思えば、
「顎十郎捕物帳」のような
時代物ミステリも著し、
「生霊」のようなホラー作品と
思えるものも残しているのです。
さて本作品は…?超短編ながら
さまざまな要素を併せ持つ、
絶品の味わいとなっています。
〔登場人物〕
梶井…疎開先で病床に伏している。
伊良…陶芸家。梶井の見舞いにくる。
本作品の味わいどころ①
絶品の殺人疑惑ミステリ
まず、ミステリとして絶品です。
明確に記されてはいないものの、
伊良による「妻殺人事件」が、
そこにしっかりと存在しているのです。
しかしそれはただ
「仄めかされている」に過ぎません。
「その窯でじぶんの細君まで焼いた」
「伊良の細君は肌の白い美しいひとで、
その肌なら、ある意味で
伊良よりもよく知っている」
「なるほどこれが伊良の復讐なのか」
「細君がほんとうに
機銃掃射でやられたのかどうか、
それを知っているのは窯だけだ」。
こうした「断片」を繋ぎ合わせると、
梶井と妻の不倫を知った伊良が、
まず妻を殺害し、
その死体を窯で灰にし、
病に伏している梶井をも
殺害する機会を窺っていることが
はっきりと読み取れるのです。
一般的にミステリといえば、
登場人物の「犯人」が
自らの「犯行」を隠そうと画策し、
「探偵役」がそれを暴き立てるのですが、
本作品は、
作者自身が「犯行」を表面から隠しつつ、
その一方で「証拠」をこれ見よがしに
読み手の前に提示しているのです。
殺人疑惑ミステリとして
絶品の味わいを、
まずはじっくり堪能しましょう。
本作品の味わいどころ②
絶品の味わいの日本文学
ミステリでありながら、
文章のそこここから
格調の高さが香り立ってきます。
しかも文体はリズミカルであり、
声に出して読みたくなるような
日本語となっているのです
(実際に声に出して読むと
周囲から引かれてしまう内容ですが)。
さらに一文節、いや一文字たりとも
無駄がありません。
必要最小限の文章で、
梶井の思考や恐怖、諦観、
そして伊良の感情の昂ぶりが、
手に取るように伝わってくるのです。
この純文学作品として絶品の味わいを、
次にじっくり堪能しましょう。
本作品の味わいどころ③
絶品のショートショート
したがって、
ショートショートとしても絶品です。
文庫本にしてわずか五頁。
著作権切れしていますので、
全文を掲載してしまいたいほどです。
しかしただ短いだけではありません。
濃密な五頁となっているのです。
ショートショートとは、
単に文章量を短くしたものを
いうのではありません。
長篇作品の前後を切り詰めたように、
内容の重厚さを失うことなく
最小限の文字数で表すことに成功した
作品のことを指すのです。
その点、本作品の凝縮度の高さは
他に例を見ないほどです。
文章量は小さく、
情報量は圧倒的に大きい、
そのショートショートとしての
絶品の味わいを、
最後にたっぷりと堪能しましょう。
あっというまに
読み終えてしまうのですが、
読了後も読み手の脳内では、
書かれざる内容、つまり
「不倫のようす」
「妻殺しの現場と死体隠蔽工作」
「梶井殺害と死体遺棄場面」を、
次々に想像・再生してしまうのです。
したがって長篇作品を読み終えたような
充足感で満たされてしまいます。
久生十蘭の渾身の一撃、
ぜひご賞味ください。
(2025.1.19)
〔「墓地展望亭・ハムレット」〕
骨仏
生霊
雲の小径
墓地展望亭
湖畔
ハムレット
虹の橋
妖婦アリス芸談
解説(川崎賢子)
〔久生十蘭の本について〕
没後六十数年が経過しているのですが、
いまだに人気は衰えません。
本書「墓地展望亭・ハムレット 他六篇」は
現在絶版状態
(一時的なものかもしれないが)ですが、
同じ岩波文庫の「久生十蘭短篇選」は
流通しています。
光文社文庫からも2冊が流通中です。
創元推理文庫「日本探偵小説全集8」は、
まだしぶとく現役中です。
最近、新編集の
単行本まで登場しています。
さらには春陽文庫から、
時代小説作品集2冊が
来月(2025年3月)刊行予定です。
「うすゆき抄 時代小説傑作選1」
「無惨やな 時代小説傑作選2」
まだまだじっくり楽しめそうです。
〔関連記事:久生十蘭の作品〕



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