「星のかけらを採りにいく」(矢野創)

「はやぶさ探査機の成功」の解説書

「星のかけらを採りにいく」(矢野創)
 岩波ジュニア新書

地球も宇宙。
今、皆さんがこの本を
読んでいる場所も、宇宙。
そして皆さん一人一人が
宇宙そのものであり、
地球上の生命は全て
宇宙と切り離された
存在ではないのです。
何よりもまず、淡々とした
この事実を受け入れて、
これから…。

「宇宙」というと、
手の届かない遠いものであり、
身近な生活とは異なるものであり、
理解の難しいものである。
そんな印象を
どうしてもうけてしまいます。
しかしけっして
そうではないということがわかる
一冊があります。
本書「星のかけらを採りにいく」です。

〔本書の構成〕
はじめに
第1章 「うちゅうじん」はあなたの肩に
第2章 どこへ採りにいくのか
第3章 小天体の記憶はいつ刻まれたか
第4章 星のかけらは何を語るのか
第5章 どうすれば
    深宇宙を探査できるのか
第6章 なぜ小惑星を調べるのか
第7章 フロンティアへの挑戦
おわりに

本書の味わいどころ①
最新宇宙科学の入門書

本書の出版は2012年。
やや鮮度が落ちかけてはいるのですが、
書かれているのはほぼ最新の
宇宙科学の知見といっていいようです。
しかし、
宇宙の果てがどうなっているかだとか、
太陽系の惑星が
どんな素顔を持っているかといった
ことではありません。
私たち地球の生命がどこから来たのか、
生命をつくる素材は地球でできたのか、
それとも宇宙から来たのかという、
根源的な問いについてのものです。
そこで取り上げられているのが
「宇宙塵」。

私たちの身のまわりにも、
気づかないうちに飛来している
微少な宇宙塵。
それらを研究することにより、
生命の由来がわかるというのです。
「昔は食材も
 地球の「家庭菜園」で採れて、
 地球の「台所」で調理されたと
 思っていたのに、実は
 食材は宇宙空間でかなりの段階まで
 調理されてから運ばれていて、
 原始地球の役割はそれらを
 最後に電子レンジで温めたり、
 お皿にもりつける
 最終段階に過ぎない」

実は生命の材料・アミノ酸は
宇宙で合成されていた可能性が
高いというのです。
私たちは宇宙から
やってきたようなものです。
宇宙が、
ぐんと身近になったような気がします。
単なる「知識」ではなく、
宇宙に対する「見方・考え方」の
入門書として、
本書をまずはじっくり味わいましょう。

本書の味わいどころ②
はやぶさ探査の解説書

そしてその知見を一新したのが
実は日本の打ち上げた
「はやぶさ」だったのでした。
著者は自らが関わった「はやぶさ」による
小惑星イトカワからの
サンプル採集の意義について、
懇切丁寧に解説しています。
「はやぶさ」が地球に帰還した
2010年当時は、
テレビもネット情報も、
一度は通信不能となった探査機が、
正常な状態を回復し、
地球に帰還したということを
ドラマチックに語るだけで、
それが日本の科学史において
どのような意義があるのかについては
あまり語られていなかったような
気がします(私が見落としていた
だけかもしれませんが)。

「はやぶさ」による成果は、
宇宙科学において
欧米・ロシア・中国等から
大きく差をつけられていた日本が、
不可能と思われた小惑星からの
サンプル回収を、世界に先駆けて
成功したということなのです。

筆者は、
創造的な挑戦を「0を1に変える行為」、
応用的な実践を「1をnに帰る行為」と
表現し、日本社会について
「第二次世界大戦後の復興期から
 バブル経済崩壊まで、
 どちらかというと
 後者の色合いが強く、
 あらゆる分野で
 「不動の世界第二位」を目指し、
 実際におおむね成功してきた」

評価しています。そして
「はやぶさ計画」はまさに前者であり、
日本が世界の小惑星探査を
リードしたことの重要性を
説いているのです。
私たちがしっかりと認識できなかった
「はやぶさ探査機の成功」の
解説書として、
本書をさらにじっくり味わいましょう。

本書の味わいどころ③
キャリア学習の教科書

そして何よりも重要なのは、
本書のいたるところに、
キャリア教育の視点が
盛り込まれていることなのです。
各章末に置かれた
コラム「わたしの旅路」は、
著者のこれまでの学びの経歴が
記されているのですが、
それがそのまま
中学生・高校生にとっての
生き方のモデルとなり得る
貴重な記述となっています。

本文中にも、示唆に富んだ言葉が
いくつも登場します。
「ひとたび教室を出て社会に出れば、
 まだ正解が得られていない
 問題だらけなのに気づくでしょう」
「未来を正確に予想できないことを
 悲観するのではなく、
 自分が面白いと思う
 「未来設計図」を描けば良い」
「ミッションを成功させるのは、
 マニュアルの厚みでも
 予算の大きさでもなく、
 現場作業をしてくれる
 人の力なのだ」

「本来「何かになる」ことは、
 「何かをなす」ための
 手段の一つにすぎないはずです。
 「なる」ことだけで満足してしまい、
 「なす」べき目標を
 忘れてしまっては、
 自分が見てみたい未来を
 創り出すことは難しいでしょう」

こうした言葉一つ一つが、
著者の研究成果と相まって、
強い説得力を持って
読み手に迫ってくるのです。
それは中学生・高校生のみならず、
大人の私たちがこれまでの来し方を
振り返るきっかけにもなるはずです。
すべての世代の方々にとっての
キャリア学習の教科書として、本書を
たっぷりと味わい尽くしましょう。

さて、2010年の「はやぶさ」帰還から、
すでに15年が経ってしまいました。
以来、
日本に明るい話題はいくつあったやら。
そして何よりも日本人が日本人としての
誇りを感じた場面が
はたしてあったかどうか。
そんなことを
ついつい考えてしまいました。
いやいや、明るい話題は
自らの手で創り上げなければならない。
本書はそんなことまで教えてくれます。
すべての日本人に薦めたい一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2025.1.20)

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