「金色の鼻」(古山高麗雄)

改めて考えさせられる男と女の結びつき

「金色の鼻」(古山高麗雄)
(「百年文庫060 肌」)ポプラ社

お別れの食事?
特にそんなつもりで、
サッポロ冷やしラーメンを
食ったわけではない。
お別れの食事には
違いないのだけれど、
しかし夫婦が別れるとき、
お別れの食事のつもりで、
食事をしに行ったり
するだろうか?
そういう場合も…。

筋書きといえるほどのものはなく、
冒頭部分からの一節を抜き出しました。
夫婦の別れの場面なのですが、
「サッポロ冷やしラーメン」?
離婚はある意味
深刻な出来事なのですが、
そうした深刻さが感じられません。
古山高麗雄による「金色の鼻」です。
不思議な面白さを感じさせる
作品となっています。

〔登場人物〕
昌三

…妻から離婚を切り出され、承諾する。
 かつて福岡でエフエル商事九州支店
 なる商社を経営、
 わずか一ヶ月で破綻させた。
花恵
…昌三の妻だったが、離婚する。
桜川
…エフエル商事九州支店と取引のあった
 桜川教映社の社長。
相良
…桜川教映社のただ一人の社員。

本作品の味わいどころ①
物語がなく未練だけがある、夫婦の別れ

いきなり離婚届の提出から
物語がはじまります。
といっても、
そこから何かがはじまるわけではなく、
過去を回想するだけで、
筋書きはないに等しい作品です。
昌三と花恵の夫婦は、
区役所に離婚届を提出してから
「サッポロ冷やしラーメン」を食べ、
そして別れるのです。

そこに描かれているのは
ただ単に昌三の未練だけなのです。
離婚に同意しながらも、
少しでも花恵を引き留めようと、
あれこれ提案するのですが、
すべて却下されるのです。
「届を出したとたんに
 区役所の前で別れるというのは、
 あまりにも
 短兵急というものではないか」

物語がないにもかかわらず
未練だけはたっぷりと描かれる
夫婦の別れ際を、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
愛おしさ故に次から次へと回想する過去

未練がありながらも、
それを行動に出すことはなく、
ただただ思い出を回想する。
昌三はそういう男なのです。
昌三が回想した内容は以下の通りです。
①はじめて花恵の実家を
 訪れたときの印象
②初めての接吻を
 他人に見つかってしまったこと
③花恵に誘われて
 ダンス教室に通ったこと
④エフエル商事福岡支社開設、
 しかしそれは頓首であったこと
⑤桜川教映社との取引のこと
⑥二人の結婚式のこと
⑦桜川教映社とのトラブルのこと
⑧福岡支社としての
 セールスまわりのこと
⑨経営破綻のこと
これだけ思い出を書き連ねているのは
昌三の未練、そして
別れてしまったにもかかわらず
花恵を愛おしく思っている
昌三の気持ちの表現にほかなりません。
愛おしさ故に
次から次へと回想されていく過去を、
次にしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
改めて考えさせられる男と女の結びつき

それだけ花恵が
素晴らしい女性かというと…、
ところどころに
花恵が浮気していること、そして
昌三もそれに気づいていることが
記されています。
とうの昔に昌三から別れを切り出しても
何ら不思議でない状況なのです。
それでいて20年もの間、
夫婦生活が続き、今また
別れる段になって愛おしさが募る。
それも昌三の一方的な未練であって、
花恵はおもしろいほどに
サバサバしているのです。
ずれにずれまくっている二人の気持ち、
そしてそうなってしまう
男女の関係の不可解さ。
それこそが本作品の肝であり、
最大の味わいどころといえるのです。
たっぷりと堪能しましょう。

さて、作者・古山高麗雄は、
開業医の家庭に生まれ、
中学校を首席で卒業、
旧制第三高等学校へ入学するなど、
エリートコースを歩みます。
その一方で、
中学校では問題行動が多く、
高校時代も遊蕩生活を送り、自主退学。
1942年に召集され、
終戦時には戦犯容疑で
5年間サイゴンに拘置されるなど、
その人生は波乱に満ちていました。
そうした作家像と
はどうやっても結びつかない、
物語の少ない本作品なのですが、
それも読書の面白さの一つでしょう。
ぜひご賞味ください。

(2025.1.22)

〔関連記事:古山高麗雄〕
「蟻の自由」

〔「百年文庫060 肌」〕
交叉点 丹羽文雄
ツンバ売りのお鈴 舟橋聖一
金色の鼻 古山高麗雄

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やはり多くが
絶版となってしまったのですが、
P+D BOOKSから
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それ以外では以下の本が
流通(2025年1月現在)しています。

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