「世界推理短編傑作集2」(江戸川乱歩編)

世界探偵小説の黎明期であるとともに黄金期

「世界推理短編傑作集2」
(江戸川乱歩編)創元推理文庫

ヒュー・グリーンは、
「シャーロック・ホームズの
ライヴァルたち」とは、
一八九一年から一九一四年の間に
登場した名探偵と規定している。
一八九一年とは
ホームズ譚の連載が始まった年、
一九一四年とは
第一次世界大戦の始まった年…。
(「短篇推理小説の流れ2」より)

「世界推理短編傑作集」の
第2巻を読了しました。
第1巻に引き続き、
ホームズのライヴァルたちが
活躍しています。
1891年から1914年は、
世界探偵小説の黎明期であるとともに、
百花繚乱の黄金期でもあるのだと
知りました。

〔「世界推理短編傑作集2」〕
放心家組合 バー
奇妙な跡 グロラー
奇妙な足音 チェスタトン
赤い絹の肩かけ ルブラン
オスカー・ブロズキー事件 フリーマン
ギルバート・マレル卿の絵
 ホワイトチャーチ
ブルックベンド荘の悲劇 ブラマ
ズームドルフ事件 ポースト
急行列車内の謎 クロフツ
 短篇推理小説の流れ2 戸川安宣

「放心家組合 バー」
警視庁のヘイルが
持ち込んできたのは、
贋金づくりの大元の摘発という
難事件だった。
容疑者サマトリーズの自宅には、
すでに部下を
潜入させてあるという。
探偵である「私」が
調査を開始すると、
贋金ではなく、
別の事件が姿を現し…。

「放心家組合」

〔「放心家組合」味わいどころ〕
①米大統領選挙にも絡んだ贋金づくり、
 ところが…
②証拠をつかみ犯行集団の一人を尋問、
 ところが…
③天才肌の名探偵が事件の真相を解明、
 ところが…

本作品の探偵・ヴァルモンもまた
「ホームズのライヴァルたち」の
一人です。ですが…、
ホームズを初めとする探偵の中では、
きわめて異質な輝きを放っています。

で、結局はパロディなのです。
ドイルの「赤毛組合」では、
赤毛の者に金を払うという
珍奇な商売が、
じつは大事件の隠れ蓑だったのに対し、
本作品では大事件の容疑者が
卑小な詐欺グループの主犯だったという
「オチ」となっているのです。
そして多くの探偵が
当たり前のように行っている捜査の
多くが「不正」で「違法」なものであり、
知能レベルの高い犯罪者にかかっては、
逆襲される可能性があるという、
相当な皮肉を込めた
内容となっているのです。

「奇妙な跡 グロラー」
産業クラブ会長グルムバッハから
事件捜査の依頼を受けた
ダゴベルトは、会長夫人とともに
現場へ急行する。
途中、夫人は
脚の不自由な物乞いを見つけ、
施しを行う。
わざわざ車を止めたことに
いらだちを覚える
ダゴベルトだったが…。

「奇妙な跡」

〔「奇妙な跡」味わいどころ〕
①タイパ最高探偵ダゴベルトの魅力
②現れる謎、単純かつ不可解な事件
③意表を突いた結末、意外な犯人像

いきなりバーの「放心家組合」で
不意打ちを食らった
「世界推理短編傑作集2」ですが、
第2作である本作品は
きわめてまっとうなミステリです。
わずか14頁の短篇なのですが、
探偵ダゴベルトが
スピーディに事件を解決します。

スピーディなのはいいのですが、
犯人を指し示す証拠が
「後出しじゃんけん」的に
提示されるなど、
ミステリとしての疵も散見されます。
しかしそれを覆い隠すほどの、
短い頁に凝縮された
深い味わいがあるのです。
ダゴベルト。
ここにもまた魅力ある探偵が
隠れていたのです。

「奇妙な足音 チェスタトン」
もし読者諸君が、あの選り抜きの
「真正十二漁師クラブ」の某会員が
年一度のクラブの晩餐会に
出席しようと
ヴァーノン・ホテルに
入ってきたのに会ったとすれば、
彼が外套を脱ぐときに
お気づきになるだろうが、
彼の夜会服は緑色で…。

「奇妙な足音」

〔「奇妙な足音」味わいどころ〕
①足音で事件を見抜く神父の推理
②窃盗犯を改悛させる神父の人徳
③ユーモアを理解する神父の性格

書き出しが粋な文学作品は多々あれど、
ミステリでは
なかなかお目にかかれません。
本作品の書き出しは秀逸です。
なぜ「彼の夜会服は緑色」なのか?
描かれている事件の本質と
微妙な関係があり、
結末と呼応しているため、
抜き出してみました。
味わいどころはずばり、ブラウン神父の
キャラクターそのものです。
味わいどころで掲げたように、
神父の「推理」「人徳」「性格」を、
それぞれじっくり味わいましょう。

「赤い絹の肩かけ ルブラン」
往来を歩きながら
オレンジの皮を落としていく男と
壁に「十字に丸」の
記号を記す少年。
二人を追ったガニマール警部が
たどり着いた建物の部屋に
待っていたのは
あのルパンだった。
ルパンは、
殺人事件と思われる証拠を
警部に手渡し…。

「赤い絹の肩かけ」

〔「赤い絹の肩かけ」味わいどころ〕
①ルパンのプロファイリング
②ルパンのスーパーマンぶり
③ルパンの基本的な人の悪さ

実はルパン・シリーズは、
ホームズ同様、
短篇の方が味わい深いものがあります。
本作品「赤い絹のショール」は、
短篇作品の中で
最も人気の高い一篇です。

ホームズも顔負けの
恐るべき観察眼をはじめとして、
作者ルブランの描くルパン像は、
読み手を十分に納得させます。
「小説だから可能」といってしまえば
それまでですが、
まさにスーパーマンとしか
いいようのないルパンの活躍なのです。

「オスカー・ブロズキー事件
          フリーマン」
サイラスは
ブロスキー殺害を決行する。
彼のポケットにはやはり
大粒のダイヤモンドが
隠されてあった。
サイラスは犯行現場の証拠となる
あらゆるものを
巧妙に処分すると、
死体を背負い、線路まで運ぶ。
あとは列車が始末するはず…。

「オスカー・ブロズキー事件」

〔「オスカー・ブロズキー事件」
         味わいどころ〕

①倒叙形式
 ~犯人の心理を描写する第1部
②科学捜査
 ~科学的手法で捜査する第2部
③個性確立
 ~ホームズのライヴァルの個性

本作品はやや変わった構成であり、
全体が2つの部分に分かれています。
その構成自体と、
やはり探偵・ソーンダイク博士
そのものが
味わいどころとなっています。

第1部は三人称形式で、
犯人が犯行を犯し、
それを隠蔽するまでが描かれます。
つまり、犯人は誰で、何のために、
そしてどのように殺人を犯したのか、
読み手ははじめから
わかっていることになるのです。
犯人捜しや
トリックの見破りなどの要素は、
最初から存在しません。
これは「倒叙形式」と呼ばれる手法で、
それを確立させたのが
この作者・フリーマンなのです。

「ギルバート・マレル卿の絵
      ホワイトチャーチ」
列車の真ん中の一台が、
運行中に消失するという
不思議な事件が持ち上がる。
問題の車両は、
列車が停車しない駅の
支線上に放置されてあった。
積み荷のギルバート・マレル卿の
高価な絵は無事だった。しかし
卿はそれが贋物だという…。

「ギルバート・マレル卿の絵」

〔「ギルバート・マレル卿の絵」
         味わいどころ〕

①列車を抜き取る奇抜な方法
②美術品蒐集家の異常な情熱
③探偵ヘイズルの特異な性格

進行している列車の真ん中の一台を
抜き取る。
そんなことができるのか?
できたのです。
その抜群のアイディアによって、
世界のミステリ短篇史上に名を残した、
V.L.ホワイトチャーチの逸品です。

動いている列車の中の一両を抜き取る。
通常は不可能です。
そこにどんなトリックが
仕掛けられているのか?
その点が本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

「ブルックベンド荘の悲劇 ブラマ」
依頼人ホリヤーは、
姉ミリセントが夫から
殺されかけていることを、
盲人探偵カラドスに打ち明ける。
彼女は除草剤入りのビール瓶を
食器棚から発見し、
恐怖におののいていた。
夫の殺人計画阻止のため、
カラドスが調査に乗り出す…。

「ブルックベンド荘の悲劇」

〔「ブルックベンド荘の悲劇」
         味わいどころ〕

①盲人探偵、使い分けする相棒二人
②盲人探偵、大胆不敵にも違法捜査
③盲人探偵、スリリングな犯人逮捕

ホームズをはじめとする
他の探偵たちといかに差別化を図るか。
アーネスト・ブラマの生み出した
探偵マックス・カラドスはなんと盲人。
目が見えないのに探偵ができるのか?
できるのです。

さすがに目が見えない状態で、
一人で捜査にあたるのは無理です。
相棒は
カーライルとパーキンソンの二人。
ホームズとワトソンのように
コンビではなく、
カラドスはトリオで
調査活動を行っているのです。

「ズームドルフ事件 ポースト」
醸造した酒を売りさばき、
村を混乱に陥れているならず者
ズームドルフを諫めるため、
アブナー伯父と
ランドルフ治安官が
その住処へ向かった。
固く閉じられた部屋の扉を
ぶち抜いて二人が中に入ると、
ズームドルフは
すでに銃弾で…。

「ズームドルフ事件」

〔「ズームドルフ事件」味わいどころ〕
①人物の設定を想像し補う
②当時の状況を調べ考える
③作者の工夫を見つけ出す

なんとも難しい作品に出会いました。
「世界推理短編傑作集2」に
何が難しいか?
理解が難しいのです。
文庫本にしてわずか22頁の本作品、
読み終えれば「な~んだ」とつぶやいて
終わってしまう作品なのですが、
状況や設定に関する情報が少なく、
読み手の思考で補う必要があるのです。

「急行列車内の謎 クロフツ」
列車に発生した異常ブレーキ。
原因を確認するために
コンパートメントを見回った
車掌は、
銃撃された二つの死体と、
その状況に驚いて
泣き叫んでいる女性を発見する。
だがその一室は、
扉に楔が仕掛けられ、
密室状態となっていた…。

「急行列車内の謎」

〔「急行列車内の謎」味わいどころ〕
①難解な列車の構造
②書き出すとわかる
③種明かしは終末で

ポーストの「ズームドルフ事件」同様、
難しい作品となっています。
何が難しいか?
列車内の構造の理解が難しく、
事件の状況把握が
困難となっているからです。
ならばそれを味わいましょう。

それにしても不思議な作風です。
描き方はきわめて客観的で、
人物の感情が描かれていないのです。
犯罪の報告書を読んでいるようで、
一向に登場人物に感情移入できません。
それでいて妙に引きつけられます。
これは読み手の意識とエネルギーを
状況把握のみに向けさせようとする
作者の仕掛けと考えられます。
こうした作品もまた、
ミステリの一つの形なのです。

以上、全九篇、それぞれの探偵に
それぞれの持ち味があり、
それぞれの作品に
それぞれの作風がある、
味わい深いものばかりです。
やはり現代のミステリばかりを
読んでいてはいけないのだと感じます。
現代の尺度で測れば及第点に
およばないものもあるのですが、
これは当時の読者の目線で
読み味わうべきものです。

あの江戸川乱歩が編纂した
アンソロジー「世界推理短編傑作集」、
その第2巻を、ぜひご賞味ください。

(2025.1.24)

〔世界推理短編傑作集はいかが〕

〔「世界推理短編傑作集1」も素敵です
序 江戸川乱歩
盗まれた手紙 ポオ
人を呪わば コリンズ
安全マッチ チェーホフ
赤毛組合 ドイル
レントン館盗難事件 モリスン
医師とその妻と時計 グリーン
ダブリン事件 オルツィ
十三号独房の問題 フットレル
 短篇推理小説の流れ1 戸川安宣

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