
あまりの衝撃の大きさに目眩が…
「悪魔の舌」(村山槐多)
(「怪奇探偵小説集」)双葉社
それからは
すこしも眠れなくなった。
人肉を夢みた。
唇はわなわなとふるえ、
真紅な太い舌はぬるぬると
蛇のように口中を這い廻った。
その欲望の湧き上る勢いの強さに
自分ながら恐怖を感じた。
そして強いて圧服しようとした。
が…。
古いアンソロジーを購入しました。
鮎川哲也編の「怪奇探偵小説集」。
シリーズ化され、1976年の本書以来、
数点が刊行されています。
雑誌「新青年」掲載作品を中心に、
戦前ミステリの
傑作を集めたという本書。
なぜそのようなものに手を出したか?
表紙が角川文庫・横溝正史シリーズの
装幀で有名な
杉本一文画伯のイラストだからです。
読んでみました。
一作目から、あまりの衝撃の大きさに
目眩がしています。
村山槐多の「悪魔の舌」、
味わいどころはずばり、
「グロテスクさ」です。
〔主要登場人物〕
「自分」
…語り手。
奇異な人物・金子鋭吉を友人に持つ。
金子鋭吉
…「自分」の友人。青年詩人。
二十七歳。奇異な人物。
金子五郎
…鋭吉の異母弟。
右足の裏に三日月型の痣を持つ。
本作品の味わいどころ①
横溝を凌ぐグロテスクさ
そのグロテスクさは
横溝正史のそれを凌ぎます。
横溝にも「舌」という
怪奇色の濃い作品があります
(本書にも収録されている)。
身体の部位で、
切り離してしまえば目玉の次に
グロテスクなものが
「舌」ではないかと思います。
横溝の「舌」とは異なり、
こちらは「悪魔の舌」。
作中には次のように描写されています。
「舌一面に猫のそれの如く
針が生えているのであった。
指を触れてみればそれは
ひりひりするばかり固い針だ。
かかる奇怪な事実が
また世にあろうか」。
本作品は、このような奇怪な「舌」を
持った青年の物語なのです。
読んでみなければ
その凄さは実感できません。
そのグロテスクさを、
ぜひじっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
乱歩を凌ぐグロテスクさ
そのグロテスクさは
江戸川乱歩のそれを凌ぎます。
江戸川乱歩も数多くの
グロテスクな作品を発表しましたが、
本作はそれ以上です。
普通の神経では
読み通すのが辛いくらいです。
「悪魔の舌」なだけに、
現れるのは悪食の数々。
手始めは「壁土」であり、
終着駅が当然のごとく人肉となります。
その途中経過がすさまじい限りです。
すべてを列記したいところですが、
やはり読んでみなければ
その凄さは体感できないのです。
そのグロテスクさを、
ぜひしっかりと味わいましょう。
なお、この村山槐多にとって
ミステリ執筆は余技に等しく、
本業は洋画家です。
わずかな作家生活の中で
百五十点あまりの作品を
遺したといわれています。
実は乱歩は、
この村山槐多の作品「二少年図」を
応接間に飾っていたのだとか。
村山槐多の画に魅入りながら
数々の怪しげな作品を
創り上げたのかと思うと、
本作品はまさに乱歩作品の
源流に位置するものと考えられます。
本作品の味わいどころ③
退廃的画家としての色彩
その画家としての
村山槐多はどのような作家だったのか?
いくつかの作品を調べてみました。
それらの制作時、
村山はまだ二十代だったため、
技巧的にはけっして
優れたものではないようです。
しかしその特徴は色にあります。
血の色のような
くすんだ赤色が多用され、
見る者にけばけばしさや
おどろおどろしさを感じさせる筆致が
特徴的といえそうです。
有名な「尿する裸僧」
(こちらからどうぞ)を
ネットで確認してみましたが、
合掌しながら地べたに置いた
托鉢の器に向けて立ち小便をする
全裸の僧という
素材の異常さはもとより、
それが深い紅色(ほぼ茶色に近い、
現物の色はどうなのかわからないが)で
塗られている色彩感覚、
裸僧の前身から発している
オーラ(状のなにか)という構図、
何から何まで
常人の理解を超えるものです。
そうした頽廃画家的な色彩は、
本作品をも覆っています。
本作品の味わいどころとして掲げた
「グロテスクさ」は、この全体を覆いつつ
異常なエネルギーを放出している
色彩にこそあるのです。
これこそが本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
とはいえ、最初に記したとおり、
目眩のするような衝撃の大きさであり、
他人に薦めるのが憚られるような
作品なのです。読んで
気持ちのいいものでもありません。
覚悟の上、
怖いもの見たさで読んでみてください。
いくつかのアンソロジーに
収録されるほどの有名作品なのですが、
本書を含め、
そのほとんどが現在絶版中です。
青空文庫でどうぞ。
(2025.2.2)
〔青空文庫〕
「悪魔の舌」(村山槐多)
〔「怪奇探偵小説集」双葉社〕
悪魔の舌 村山槐多
白昼夢 江戸川乱歩
怪奇製造人 城昌幸
死刑執行人の死 倉田啓明
B墓地事件 松浦美壽一
死体蠟燭 小酒井不木
恋人を食う 妹尾アキ夫
五体の積木 岡戸武平
地図にない街 橋本五郎
生きている皮膚 米田三星
謎の女 平林初之輔
謎の女(続編) 冬木荒之介
蛭 南沢十七
恐ろしき臨終 大下宇陀児
骸骨 西尾正
乳母車 氷川瓏
飛び出す悪魔 西田政治
幽霊妻 大阪圭吉
〔「新青年」関連のアンソロジー〕
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