「三つの物語」(フローベール)

三つの物語は「宗教」という糸でつながって

「三つの物語」
(フローベール/谷口亜沙子訳)
 光文社古典新訳文庫

「素朴なひと」がくすんだ、
あたたかなトーンだとすると、
「聖ジュリアン伝」は
透明で純度が高く、
「ヘロディアス」は
色彩あざやかでありながら
にごりと不透明さに満ちている。
そして、この三つの物語は
「宗教」という糸でつながって…。
(「解説」より)

フローベールの「三つの物語」を
読了しました。
といっても、この4年ほどの間に、
一篇ずつ、それも数回読み返しながら、
先日ようやく巻末の解説以降を
読み終えるにいたったのです。
かなり難解です。
わかりにくい部分が多々あるのです。
しかし、そこに読む楽しさがあり、
そして読み終えた後の
大きな充足感があるのです。

〔「三つの物語」光文社古典新訳文庫〕
素朴なひと
聖ジュリアン伝
ヘロディアス
 解説/年譜/訳者あとがき

「素朴なひと」
無学の貧しい娘フェリシテは
恋人テオドールに裏切られるが、
オーバン夫人に雇われ、
召使いとして献身的に仕える。
夫人の二人の子どもの
ポールとヴィルジニーを
心を込めて世話をし、
甥のヴィクトールに
母親のような愛情を注ぐ…。

「素朴なひと」

〔「素朴なひと」味わいどころ〕
①ただひたすらに働き続けるフェリシテ
②働く意味さえ理解できないフェリシテ
③無意識に「神」に仕えていたフェリシテ

「半世紀にわたって、
 ポン=レヴェックの町の
 奥さまがたは、
 オーバン夫人を羨んだ。
 召使いのフェリシテが
 いたからである。」

から始まる冒頭には、
安い賃金にもかかわらず、
献身的に働き続けた
フェリシテの様子が綴られています。
そしてそれが
全篇にわたって続くのです。

ふと思いました。
このフェリシテは、
オーバン夫人にではなく、
「神」に仕えていたのではないかと。
信仰の姿とは、
このようなものではないのかと。
本作品は、フェリシテの何気ない、
素朴な一生を描きながら、
無学な彼女が
少しずつ信仰に近づいていき、
信仰そのものになった姿を
描いたものではないかと。

「聖ジュリアン伝」
将来の成功を予言されて
生まれてきたジュリアン。
狩りを学んだ彼は、
やがて生きものを殺すことに
快感を覚える。
ある日、谷間の鹿の大群を
皆殺しにした彼は、
最後に小鹿を連れた
牝鹿を射貫く。
牝鹿は彼に
不吉な呪いをかける…。

「聖ジュリアン伝」

〔「聖ジュリアン伝」味わいどころ〕
①自らの内に潜む罪の重さへの苦悩
②償っても襲いかかる呪縛への苦悩
③償っても救われない運命への苦悩

本作品は「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」の
三つの部分からなり、それぞれに
ジュリアンの苦悩に満ちた人生が
描かれています。
それぞれの章における
ジュリアンの苦悩こそが、
本作品の味わいどころと考えます。

さて、彼は救われるのか?
救われるのです。
その感動的な結末も、ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。

「ヘロディアス」
娘は上へとあがってゆき、
わずかに舌足らずな発音で
あどけなく、
こう口にしたのだった。
「ここへ持ってきてくださいな。
お皿にのせて、首を…」
一瞬その名が出てこなかったが、
やがてにっこりとして言った。
「ヨカナーンの首を…」。

「ヘロディアス」

〔「ヘロディアス」味わいどころ〕
①煩雑な登場人物の「わからなさ」
②複雑な対立構造の「わからなさ」
③難解な作品主題の「わからなさ」

味わいどころはずばり、
作品自体の「わからなさ」です。
何度か読み返しましたが、
わからないことだらけです。

キリスト誕生前の舞台であり、
何らかの形で宗教的な要素が
潜んでいるものと考えられるのですが、
ほとんど理解できません。
お手上げ状態です。
これをそのままわからないものとして
受け止めながら
作品世界に可能な限り接近することが
大切であると考えます。
それこそが本作品の
最大の味わいどころといえるでしょう。

「解説」で訳者がふれているように、
三つの物語は「宗教」という糸で
つながっているのでしょう。
しかし日本人にはこの「宗教」とりわけ
「キリスト教」が理解できないために、
本作品の本質になかなか近づくことが
できないのかもしれません。
フェリシテはなぜこれほどまでに
身を粉にして
働き続けることができたのか?
ジュリアンはなぜあそこまで苦難の道を
歩まねば救われなかったのか?
ヘロディアスはいったい何を
求めていたのか?
そこに介在する
「贖罪」や「赦し」についての考え方は、
キリスト教徒でなければ正しく
理解できない部分があるのでしょう。

そうしたことも含めて、
私たちとは異なる文化や思想に接し、
理解しようと努めることこそ、
海外の文学を味わう
醍醐味となるのです。
噛み応え、読み応えのある文学です。
ぜひご賞味ください。

(2025.2.3)

〔フローベールの本はいかがですか〕

〔関連記事:海外の文学〕

「デイジー・ミラー」
「駅長」
「みかげ石」

〔光文社古典新訳文庫はいかが〕

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「老村長の死」
「押川春浪幽霊小説集」
「俊寛」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA