
エリート警察官であると同時に人情家、加賀美敬介
「五人の子供」(角田喜久雄)
(「横溝正史が選ぶ日本の名探偵
戦後ミステリー篇」)河出文庫
加賀美が立ち寄ったレストラン。
側のテーブルに座った家族連れに
加賀美は注意を向ける。
彼らが入ってきた直後、
窓の向こうから
その家族を見つめていた
怪しい男がいたからだ。
それから三日後、その家族の
父親が死体で発見され…。
戦後に登場した名探偵といえば、
横溝正史の金田一耕助、
高木彬光の神津恭介が有名ですが、
本作品の加賀美敬介を
忘れてはいけません。
ただし金田一や神津が
私立探偵であるのとは異なり、
加賀美は警視庁捜査一課長。
金田一シリーズの等々力警部が
けっして有能とはいえないのに対し、
こちらの加賀美警部の推理は
冴え渡ります。
〔主要登場人物〕
加賀美敬介
…警視庁捜査一課長。警部。
坂田信二郎
…加賀美がレストランで注視していた
挙動不審の男。死体で発見される。
妻と五人の子供あり。結核に罹患。
小泉伸吉
…信二郎の妻の弟。
右頬に古傷のある男。
本作品の味わいどころ①
被害者が殺害された理由は何か?
偶然にも加賀美が目撃してしまった
被害者家族のようす。
貧しい七人家族であり、
その父親は無理をして
明るく振る舞っているような不自然さが
漂っていたのです。
そして窓の外からそれを覗く
怪しい男の姿。
殺害されてからも
次々と謎の影がちらつきます。
現場には
「裏切り者を処刑す」の書き置き、そして
金儲けのために近づいた組織から
命を狙われているかのような
被害者本人の悲愴な手紙。
被害者の妻からも、夫の身の危険が
迫っていたような証言が。
そうしたものを総合すると、
闇屋の物資をくすねて売りさばき、
それが露見して殺害されたかのような
背景が読み取れるのです。
はたして真相は?
この、被害者が殺害された理由を
読み解こうとする読み手の試みこそが、
本作品の第一の味わいどころなのです。
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
右頬に古傷のある男の正体とは?
となると、
手を下したのは加賀美が目撃した
「右頬に古傷のある男」なのではないかと
先読みしてしまいます。
ところがこの男の正体は
あっさりと判明します。
被害者の妻の弟なのです。
この男が黒幕の正体か?
それとも組織の末端であり、
裏切り者殺害のために指名されたか?
いやいや、組織犯罪に見せかけて、
何らかの怨恨が殺人の動機か?
そうした深読みが次々となされてくる
仕掛けとなっているのです。
はたして真実は?
この、右頬に古傷のある男の正体を
解き明かそうとする
読み手の試行錯誤こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
単独で事件を解決する加賀美敬介
で、読み手のそうした先読みは、
すべて終盤でひっくり返されます。
事件の真相を明らかにするのは
もちろん加賀美敬介です。
ところが真相を明らかにしながら、
事件を解決させません。
あえて「迷宮入り」にしてしまうのです。
ここが名探偵・加賀美敬介の
特異なキャラクターなのでしょう。
事件をうやむやにする、それ自体は
金田一も神津も行っています。
しかしそれは私立探偵であり、
警察に報告しなかっただけなのですが、
加賀美は警視庁捜査一課長という
大きな肩書きを持っているのです。
それにもかかわらず、人情に動かされ、
事件を握りつぶす。
簡単にできることではありません。
最終場面が秀逸です。
「加賀美は、ぶっきら棒にいった。
まるで怒っているような表情だった」
「取りつく島もないような
荒々しいそぶりで…」。
「人情」と「職責」の間に挟まれて
悶々としているようすが
見事に表現されています。
この、エリート警察官であると同時に
人情家である加賀美敬介の人物像こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
この加賀美敬介、
本作品を含む短編七篇と長篇二作品が
短期間で発表されただけに
終わったため、
金田一や神津の陰に隠れてしまう
結果となりました。
捜査一課長という加賀美の肩書きが、
創作の幅を
狭めてしまったのかもしれません。
それはともかく、
「和製メグレ」とも評された
加賀美敬介の探偵術を、
まずはご賞味あれ。
(2025.2.16)
〔「横溝正史が選ぶ日本の名探偵
戦後ミステリー篇」〕
百日紅の下にて 横溝正史
五人の子供 角田喜久雄
たぬき囃子 野村胡堂
選挙殺人事件 坂口安吾
霊亀香人形供養 城昌幸
原子病患者 高木彬光
古銭 鮎川哲也
黄色い花 仁木悦子
車引殺人事件 戸板康二
ひきずった縄 陳舜臣
〔関連記事:角田喜久雄のミステリ〕


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