
「花」は登場するが、「華がある」とはいえない
「百年文庫067 花」ポプラ社
百年文庫第67巻を読了しました。
テーマは「花」。
花にまつわる作品三篇、
そして作家はすべて女性。
カバー裏の紹介文に、
「花をめぐる物語三編」とあるのですが、
やや的を外しています。
作中に「花」は登場するのですが、
けっして「華がある」作品とは
いえません。
むしろ地味ではあるものの
確かな味わいのある三作品です。
〔「百年文庫067 花」〕
薔薇くい姫 森茉莉
ばらの花五つ 片山廣子
つらつら椿 城夏子
「薔薇くい姫 森茉莉」
魔利は、
腎臓という持病持ちだが、
この病気が魔利の体に
とり憑いたのは
十二の時であるから、
もう慢性も通り越したところに
来ていて、
魔利は延々六十年というもの、
痛くも痒くもないが直らない
ジンゾーという
病気を持ち歩いて…。

〔「薔薇くい姫」味わいどころ〕
①エッセイ、それとも私小説?
②屈折した自分を客観的に表現
③これは誰?作者周辺の有名人
本作品を一言でいうならば、
「怒り日記」となるのでしょうか。
身のまわりで起きたことを素材にして、
その時に生じた「怒り」を
書き綴ったものにちがいないのですが、
それではどこまでが「事実」で、
どこからが「創作」なのか?
父・鷗外とは
似ても似つかぬ作風の森茉莉。
しかしその作品の味わい深さは
父・鷗外に勝るとも劣りません。
「文学的価値」などというものに囚われず
書かれてある文章を
じっくりと噛みしめることが大切です。
えも言われぬ滋味が、
じわじわと感じられるはずです。
「ばらの花五つ 片山廣子」
ばらの花を五つ、
ただ無心する気は
ないのであったが、
新しいばら園の主人は
代を取るということが
たいそう骨の折れる
むずかしい仕事らしく、
それでは、
一輪八銭ずつ頂きますと言って、
花をきり始めた。
さて五十銭銀貨を出すと…。

〔「ばらの花五つ」味わいどころ〕
①活躍の場を求める決意
②地道に稼いでいく決意
③自立して生活する決意
本作品は、小説ではなく随筆です。
二十数年前に、
散歩中に見つけた
新しいばら園の主人とのやりとりを
回想し、
戦後の生活における自立を決意する、
といった内容です。
さりげない文章の中に、
現代の職業観に通じるものが
いくつかあり、考えさせられました。
戦後の1955年、つまりまだまだ
日本が貧しかった時代に発表された
作品であるため、働く決意は、
時代の変化に負けずに生きて行く
覚悟のようなものだったのでしょう。
しかし本作品はむしろ、
現代の方が新鮮な輝きを帯びて
感じられるのではないでしょうか。
「つらつら椿 城夏子」
そういうわけが
ありましたんやで。
茜さんのお父さんはなあ。
三度もおくさん更えなはった、
我儘なお人やという人も、
世の中にはいるやろ。
それは大きな間違いや。
せめて茜さんだけでも、ようォ、
お父さんの立場を
解ってあげて…。

〔「つらつら椿」味わいどころ〕
①不平不満を漏らさない「私」
②事情を脳内で補完する「私」
③和歌への反応を愉しむ「私」
筋書きに
大きな展開があるわけではありません。
老境にある(と思われる)「私」が、
女学生時代を振り返り、
その頃に感じていた父への愛情を、
しみじみと思い出しているといった
内容なのです。
したがって味わいどころは
「私」の父に対する愛情となるのです。
おそらくは私小説に限りなく近い
作品なのではないかと思われます。
本作品に書き表された、
作者自身の「父親への思い」を
十二分に味わいたいものです。
さて、森茉莉、片山廣子、城夏子の
三人の作家は、それぞれ
生年が1903年、1878年、1902年と、
明治の時代に生まれた作家たちです。
この世代は、まだまだ文壇は男性優位
(文壇に限ったことではないのですが)。
ところが現代では女性作家の方が
幅をきかせています。
現代の女性作家隆盛の礎となったのは、
この世代の
女流作家たちだったのかもしれません。
それぞれ再評価が進んでいるとはいえ、
リアル書店ではなかなか見ることの
できなくなった作家たちです。
忘れ去るには惜しい三人です。
ぜひご賞味ください。
(2025.2.19)
〔森茉莉の本はいかがですか〕
かなり多くの文庫本が、
現在も流通しています。
〔片山廣子の本はいかがですか〕
筆者・片山廣子は、
明治11年(1878年)生まれの
歌人であり、随筆家であり、
アイルランド文学翻訳家
(松村みね子)でもあります。
軽井沢へ避暑に行くことの
多かった彼女は、
その地で多くの文化人と交流しました。
芥川龍之介晩年の作品
「或阿呆の一生」の中では
「彼は彼と才力の上にも格闘出来る
女性に遭遇した」と紹介されています。
また、
堀辰雄からは小説のモデルにされ、
「聖家族」では「細木夫人」、
「菜穂子」では「三村夫人」として
描かれています。
近年再評価が進んでいるのでしょうか、
単行本がいくつか出版されています。
いずれも高価ですが、
おもしろそうなものばかりです。
〔城夏子の本について〕
城夏子については、著書のほとんどは
現在流通していません。しかし
古書をあたればいくつか見当たります。
「また杏色の靴をはこう」
「林の中の晩餐会」
「朱紫の館」
「愉しみ上手老い上手」
「桃花流水」
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