「猫を処方いたします。」(石田祥)

よく効く、でも猫は癒やさない

「猫を処方いたします。」(石田祥)
 PHP文芸文庫

「猫を処方します。
しばらく様子を看ましょう」
「これ、猫ですか?」
「ええ、猫ですわ」
「本物の猫?」
「もちろんですよ。
よく効きますよ。
昔から猫は百薬の長って
言いますからね。ああ、
つまりそこらへんの薬よりも、
猫の方がよう効く…

古書店で何気なく手に取った一冊。
背表紙のタイトルが
妙に引っ掛かったのです。
「猫を処方いたします。」えっ、
薬ではなく猫?
すぐ買ってしまいました。

〔主要登場人物〕
〔全話共通〕
ニケ

…中京こころのびょういん医師。
 訪れた患者に猫を処方する。
千歳
…中京こころのびょういん看護師。
 第四・五話のあび野と酷似した容姿。
梶原友弥
…保護猫センター副センター長。
 ニケ医師とそっくりの容姿。
須田心
…獣医。須田病院経営。
椎名彰
…日本安全第一協会社長。
 事務所隣室の怪現象に不安を抱く。
〔第一話〕
香川秀太
…心を病み、
 中京こころのびょういんを訪れる。
 あるブラック企業社員(営業部)。
ビー
…香川に処方された猫。
陣内
…建築会社社長。香川を引き入れる。
陣内サツキ
…陣内の妻。猫好き。
樋口康介
…建築会社社員。香川の面倒をみる。
江本…香川の会社のパワハラ上司。
木島…香川の同僚社員(営業部)。
坂下結衣菜…香川の同僚社員(経理部)。
〔第二話〕
古賀勇作
…心を病み、
 中京こころのびょういんを訪れる。
 五十二歳。
マルゴ
…古賀に処方された猫。
古賀笑里…勇作の娘。大学生。
古賀夏絵…勇作の妻。専業主夫。
中島雛子…古賀の上司。四十五歳。
福田…古賀・中島の上司。
〔第三話〕
南田恵
…中京こころのびょういんに
 娘を連れていく。
南田青葉
…恵の娘。
 中京こころのびょういんを訪れる。
ユキ
…恵・青葉に処方された猫。
南田良仁…青葉の弟。
〔第四話〕
高峰朋香
…心を病み、
 中京こころのびょういんを訪れる。
 バッグ専門店デザイナー。完璧主義。
タンク
…朋香に間違って処方された猫。
タンジェリン
…朋香に追加で処方された猫。
大悟…朋香の同居人。
純子…朋香の共同経営者。
美月…朋香の店のチーフアシスタント。
…朋香の店の得意客。
あび野…祇園の芸奴。
〔第五話〕
あび野
…祇園の芸奴。本名・竹田亜美。
 行方不明となった飼い猫を探し求め、
 中京こころのびょういんを訪れる。
ミミ太
…あび野に処方された猫。
千歳
…あび野のかつての飼い猫。
 逃げ出し行方不明。
井岡
…会社社長。
 あび野に須田医師を紹介する。
高峰朋香
…あび野のオーダーしたバッグを製作。
しず江…あび野の置屋の女将。
ゆり葉…あび野の置屋の芸奴。

本作品の味わいどころ①
訪れる患者は「あるある」心の病

中京こころのびょういんを
訪れる患者は、私たちの身のまわりでも
よく見聞きする症状です。
つまり「あるある」心の病なのです。
その設定に納得です。
私たちの住む現代社会、考えてみれば、
心の病にかかった方を
あちこちで見かけます。ある意味、
コロナやインフルエンザ以上に
猛威を振るっているような気がします。

読み進めるにつれて、
「香川は僕だ」「古賀は俺だ」
「恵は私だ」と、読み手はどこかで
患者の中に自分を
発見してしまうのではないでしょうか。
この、どこかで自分と重なってしまう、
訪れる患者の「あるある」心の病こそ、
本作品の第一の味わいどころです。
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
よく効く、でも猫は癒やさない

もしかしてそんな患者たちが、
処方された猫に癒やされて
心の病が全快する…、という
安直な筋書きでは…、と
恐る恐る読み始めました。
そんなことはありません。
処方猫は患者を癒やさないのです。
ビーは黒塗りの高級車に
ひっかき傷を拵えて香川を窮地に陥れ、
マルゴは夜なきして
睡眠不足の古賀を一層眠らせず、
タンクがようやく
朋香を癒やしたかと思えば
それは間違って処方された猫であり、
猫は薬にはなっていないのです。

でも結果的に、
患者は猫を処方されたことによって
救われていくのです。
薬にはならないがよく効く。
この筋書きが素敵です。
猫はただのきっかけに過ぎないのです。
人は自ら立ち上がることができる。
そんなメッセージを感じてしまいます。
よく効く、
でも猫は癒やさない筋書きこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
しっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
「現実」と「不思議」の絶妙な調合

処方される猫は
現実の猫であり普通の猫です。
言葉を話したりしません。
魔法を使うわけでも
奇跡を起こすわけでもありません。
それでいながら
中京こころのびょういんは
それを必要とする人間にしか
たどり着けない不思議な空間です。
医師と看護師も
何やら人間離れしています。
なぜか二人と容姿のそっくりな人物も
登場します。
本作品の舞台となっている京都は、
そんな「現実」と「不思議」が
ない交ぜになった空間なのです。
その世界観が魅力的です。

処方猫が魔法を使えば
安っぽいお伽話にしかなりません。
「びょういん」が
別次元とつながっているような設定なら
程度の低いSFにしかならないでしょう。
ごく普通の生身の医師が
猫を処方すれば
ギャグ漫画になりかねません。
本作品に描かれている世界は、
「現実」と「不思議」の
均衡が保たれているのです。
この「現実」と「不思議」の
絶妙な調合こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能してください。

それにしても
猫は小説の素材としてよく使われます。
明治の夏目漱石「吾輩は猫である」や
萩原朔太郎の「猫町」からはじまった
日本猫小説。
これまで何編書かれたことか。
でもやっぱり猫が登場すると
癒やされます。
猫好きの方に、そして
自宅で猫を飼えない私のような
隠れ猫好きのあなたに、
お薦めしたい一冊です。

(2025.3.3)

〔処方猫シリーズ〕
調べてみたら、
続編が2冊も刊行されていました。

さらにまもなく第4弾も登場します。
「猫を処方いたします。4」

〔関連記事:猫が主人公の小説〕
当サイトで取り上げた「猫小説」です。
ぜひご賞味ください。
「ルドルフとイッパイアッテナ」
「ぼくとニケ」
「茗荷谷の猫」
「旅猫リポート」
「黒猫」
「猫と庄造と二人のをんな」
「吾輩は猫である」
「おかあさんのところにやってきた猫」
「猫町」
「お千代」
「影法師」
(まだあったかもしれません。)

laurenta_photographyによるPixabayからの画像

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「ピスタチオ」
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