「葬儀を終えて」(クリスティ)

至極真っ当な遺言状、それゆえの読めない展開

「葬儀を終えて」
(クリスティ/加島祥造訳)
 ハヤカワ文庫

「だって、リチャードは
殺されたんでしょう?」
コーラの一言は、
リチャードの葬儀に集まった
遺族の心をかき乱す。
遺言執行者エントウイッスルは、
遺族たちの反応に
微かな疑惑を覚えはじめる。
翌日、そのコーラが
自宅で斬殺され…。

クリスティ
エルキュール・ポアロ・シリーズの
第25作目です。
病死と思われていた資産家の死因は、
実は殺害らしい。
相続人にとっては複雑な心境でしょう。
大きな財産が転がり込んでくる一方、
自分が疑われる可能性が
出てくるからです。
案の定、遺産相続人は
すべて怪しい言動を見せます。
事件の真相は、そして真犯人は誰か?
息もつかせぬ展開が待ち受けています。

〔主要登場人物〕
※アパネシー家の人々
リチャード・アパネシー
…アパネシー家の主人。病死する。
 その死因に疑問が呈される。
ヘレン・アパネシー
…リチャードの弟である
 レオ(故人)の妻。美貌の女性。
 何者かに襲撃され、重傷を負う。
ティモシー・アパネシー
…リチャードの弟。
 「病身」となっているが、実は健康。
 兄リチャードを妬む。
モード・アパネシー
…ティモシーの妻。
 盲目的に夫を愛する。
コーラ・ランスケネ
…リチャードの末妹。二流の画家。
 葬儀のあとに衝撃の一言を発した
 翌日、何者かに殺害される。
ジョージ・クロスフィールド
…リチャードの甥。
 リチャードの妹ローラ(故人)の息子。
 金に困っている。
スーザン・バンクス
…リチャードの姪。
 リチャードの弟ゴードン(故人)の娘。
 リチャードと似た気質。
グレゴリー・バンクス
…スーザンの夫。薬局の店員。
 精神的に不安定。
 二人は最近結婚したばかり。
ロザムンド・シェーン
…リチャードの姪。リチャードの弟
 ジェラルディン(故人)の娘。
 単純な性格。美人女優。
マイクル・シェーン
…ロザムンドの夫。俳優。野心家。
※アパネシー家使用人
ランズコム…老執事。視力に衰えあり。
ジャネット…使用人。
マージョリイ…料理人。
※それ以外の関係者
エントウイッスル
…弁護士。リチャードの遺言執行人。
 友人であるポアロに
 不安な胸中を相談、捜査を依頼。
ララバイ
…医師。リチャードの主治医。
バートン
…医師。ティモシーの主治医。
ギルクリスト
…コーラの家政婦。何者かに届けられた
 毒入りケーキを食し、重症に陥る。
アレキサンダー・ガスリー
…コーラの家に出入りする画商。
※捜査関係者
モートン
…警部。コーラ殺人事件を捜査。
パーウェル
…警視。ヘレン襲撃事件を捜査。
エルキュール・ポアロ
…私立探偵。
ゴビイ
…多数の調査員を持つ探偵。
 すでに引退していたが、
 ポアロの要請で事件の関係者の
 アリバイを調べる。

〔事件の概要〕
①リチャード死亡
②葬儀後、コーラ爆弾発言、
 リチャードの死に疑念生じる。
③コーラ斬殺死体で発見
④ギルクリスト薬物殺人未遂事件
⑤ヘレン殴打事件

本作品の味わいどころ①
遺産相続、予想できない展開

莫大な遺産を残して資産家が急死、
その死には疑念があり、
相続人はそれぞれ
腹に一物のある人物たち。
遺産相続を素材としたミステリに
ありがちな設定なのですが、
その後の展開は
まったく予想できないものと
なっています。

まず、相続人全員を集めて発表された
遺言状は、
極めて真っ当で平等なものでした。
「犬神家の一族」をはじめとする
横溝作品では、
著しく不平等な遺言状が
殺人事件を引き起こしていましたが、
クリスティのそれはおよそ事件の
起きそうにない内容なのです。

しかも、殺人事件は起きるのですが、
結果的に死亡した相続人は一名。
この点も横溝犬神家では、
次々と相続人が殺害され、
遺言状の異常さを
浮き彫りにしていたのですが、
クリスティのそれが
真っ当であるためなのか、
遺産相続人は次々とは死なないのです。

この、真っ当すぎて
相続人が次々とは死なない
遺産がらみの設定こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
最後に明かされる意外な犯人

したがって、犯人が誰なのか、
まったく読めません。
遺産がらみの事件であれば、
誰が一番得をするかを考えれば
わかりそうなものですが、
この点もまた、
遺言状が真っ当である分、
得をする人間を絞り込めません。
強いて言えば全員得をする、
しかしその得をする「額」は
微々たるもので
殺人は割に合わないのです。

犯人像が絞り込めないまま、
読み手は物語の結末部を迎えるのです。
全474頁の、実にラスト十数頁で
明らかになる真犯人とその動機に
驚きを隠せないはずです。
絞り込めないまま迎える結末と、
最後に明かされる意外な犯人こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
しっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
読者を完璧に欺くクリスティ

つまり、読み手は完全に
作者クリスティの術中にはまり、
ミスリードを
余儀なくされていたのです。
それも筋書きのかなり最初の段階から
欺されていることに気づき、
呆然となるはずです。
読み手の裏の裏をかき、
完璧に欺くクリスティの筋書き、
それこそが本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、頁をめくり返してみると、
ミスリードを誘う罠も
多数仕掛けられている一方、
読み手に対する手掛かりもまた
いくつも埋め込まれていることに
気づかされます。
読み手はまたしても
自らの読みの浅さを
痛感することになるのです。
ここは潔く、
心地良い敗北感に浸るべきでしょう。
…いや、それは私だけで、
みなさんは
そうではないのかもしれませんが。
私は完敗でした。
まだ未読の方、ぜひご賞味ください。

(2025.3.7)

〔本書について〕
2003年刊行・加島祥造訳の本書ですが、
2020年の段階で
すでに新訳が出ていました。
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