「大暗室」(江戸川乱歩)

読み手を幻想世界へと強引に拉致監禁

「大暗室」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第10巻」)光文社文庫

有明男爵の遺児・有村清と、
男爵を殺害した悪人大曾根五郎の
息子・大野木隆一とは、
異父兄弟であった。
有村は正義の騎士として、
大野木は悪魔の申し子として、
それぞれ成長する。二人は
それが運命であるかのように
対決していく…。

江戸川乱歩の長篇作品「大暗室」です。
「大暗室」とは何か?
本作品の悪役主人公・
大曾根龍次の創り上げた
地下要塞の名称です。
あの「パノラマ島」をも凌ぐ
豪華絢爛&エログロ満載の「大暗室」。
どんな事件が展開するのでしょうか。

〔主要登場人物〕
有明友定

…男爵。世界的旅行家。殺害される。
大曾根五郎
…有明の親友。本人は有明に対して
 恨みを抱いている。
 漂流中のボートで有明を射殺する。
有明京子
…友定の妻。大曾根が奪い取った有明の
 遺書を信じ、大曾根と再婚する。
有明友之助(有村清)
…友定と京子の間に生まれた子。
 正義の心を持って育つ。
大曾根龍次(大野木隆一)
…大曾根と京子との間に生まれた子。
 父・五郎より悪の薫陶を受ける。
久留須左門
…有明男爵の忠実な使用人。
 友之助を育て上げ、
 大曾根龍次殲滅に向けて奔走する。
辻堂作右衛門
…強欲な老人。
 大曾根に拉致監禁される。
星野清五郎
…辻堂の従弟。
 先祖の隠し財産を記した暗号を持つ。
星野真弓
…清五郎の娘。有村清と恋仲。
花菱ラン子
…レビュー・ガールの女王と謳われた
 踊り子。
 美貌ゆえに大曾根に狙われる。
野沢
…ラン子の身替わりを務める大学生。
大矢刑事部長…警視庁刑事部長。
中村警部(捜査係長)…警視庁警部。
木下…警視庁刑事。
明智小五郎…私立探偵。
 ※大曾根が名を騙っただけで
  実際には登場しない。

〔事件の概要〕
発端 毒焰の巻
①明治43年10月
・ボート漂流中、
 大曾根、久留須と有明男爵を射殺。
→久留須は九死に一生を得る。
・その後、大曾根、京子と再婚、
 龍次生まれる。
②大正4年晩春
・大曾根五郎、
 友之助を池に突き落とし、殺害。
・久留須が友之助を保護、真相を暴露。
・大曾根の放火により、
 京子死亡、久留須重傷。
・大曾根父子、友之助・久留須、
 ともに姿を消す。
第一 陥穽と振子の巻
③昭和10年春
・龍次と友之助、邂逅。
④昭和10年4月
・大曾根龍次、辻堂老人を拉致監禁。
・龍次と友之助、直接対決、友之助勝利。
・龍次逃走成功。
・龍次一味、星野父娘を拉致監禁。
第二 渦巻と髑髏の巻
⑤昭和10年7月

・龍次一味、花菱ラン子誘拐、失敗。
・龍次、久留須に追いつめられるが
 逃走成功。
・龍次、友之助に追いつめられるが
 逃走成功。
第三 大暗室の巻
・新聞記者6名、大暗室探訪。
・龍次一味、花菱ラン子を再度誘拐。
・大暗室にて龍次自決。
※その間に、殺害された男性6名、
 誘拐された婦女子23名。

本作品の味わいどころ①
最悪最強の悪の化身、大曾根龍次

本作品は建前としては、
有明友之助と大曾根龍次による
善と悪の一騎打ちが
筋書きの骨組みとなっているのですが、
いかんせん善の友之助に
インパクトがありません。
悪の大曾根に比べて
登場場面が極端に少ない上、
「善」のサイドで活躍しているのは
従僕の久留須老人の方なのです
(なんと七十歳で大活躍!)。
そうなると本作品は、
「大曾根龍次の悪の物語」としか
いいようがなくなるのです。
この大曾根龍次の悪事の数々こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなるのです。
じっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
豪華絢爛&エログロ満載、大暗室

その大曾根龍次の最大の悪事が
「大暗室建造」でしょう。
「大暗室」という地味な響きながら、
大曾根のアジトであるそれは、
地下宮殿ともいえるほどの
贅を尽くした空間なのです。
辻堂老人と星野清五郎から巻き上げた
隠し財産を元手に、
帝都東京の真下に創り上げたという
大暗室。
拉致同然に招待された
新聞記者が語るその世界は、
地獄絵図ともいうべき
エロティック&グロテスクの
極みなのです。

裸体の美少女が
人魚や天女の扮装をさせられ
妖しく振る舞う、
そして同じく数人の裸体の美女によって
組み上げられた人間ベッド。
その上で優雅に寝そべる大曾根龍次。
男なら誰でもやってみたい、いや、
人として絶対に許されない鬼畜の所業。
さらには別室に用意された
西洋東洋の残虐拷問器具の数々。
まさに乱歩のエログロ趣味が
前面に押し出されたものと
なっているのです。
この豪華絢爛&エログロ満載の
大暗室の世界こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。
しっかり味わいましょう
(あまり味わいたくないのですが)。

本作品の味わいどころ③
読み手の感覚を麻痺させる乱歩節

そうした異様な世界ですが、
読み終えてから振り返ると、
違和感ばかりが目立ちます。
大暗室を運営するほどの電力を
盗み取られているのに
電力会社が気づかないのはなぜ?
すでに地下鉄が走っている昭和初期、
大暗室の存在に
誰も気づけないのはなぜ?
大暗室建造に大量の
人材と物資が使われたにもかかわらず、
そこから捜査できなかったのはなぜ?
等々、違和感、というよりも
突っ込みどころ満載なのです。

しかしそれでも読み手を
釘付けにして離さない力が
本作品にはあるのです。
こうした疑問など感じる間もなく
読み手は頁をめくる手を
止めることができずに
「大暗室」の虜となってしまいます。
大曾根龍次が美少女たちを
次々と大暗室に幽閉したのと同様、
読み手を自ら創り上げた幻想世界へと
強引に拉致監禁してしまう
乱歩の筋書きこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

現代のミステリからすれば
荒唐無稽すぎて
とても及第点など
もらえそうにないのですが、
これこそが乱歩の世界なのです。
四の五の言わずに味わいましょう。

〔明智小五郎の謎〕
本作品には、大曾根龍次が
名探偵・明智小五郎の名を騙って
6名の新聞記者を
大暗室に招待する場面があります。
本作品の世界では、
明智小五郎が存在し、
名探偵として名を馳せているのです。
ならなぜ明智は事件解決に
出馬しなかったのか?
いかにも明智好みの事件であり、
頼まれなくても捜査に
乗り出すはずなのですが…。
しかも警視庁の中村警部も
明智に出馬を要請していません。
これが本作品における最大の「謎」です。

(2025.3.14)

〔「江戸川乱歩全集第10巻」〕
怪人二十面相
大暗室
 解題/注釈/解説
 私と乱歩 瀬名秀明

「怪人二十面相」

〔関連記事:江戸川乱歩作品〕

「盲獣」
「モノグラム」
「空気男」

〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕

RAMPO WORLD
Tomislav JakupecによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「世界推理短編傑作集2」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「予告殺人」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA