
この「トンデモ設定」こそが味わいどころ
「大暗室(少年探偵版)」(江戸川乱歩)
ポプラ社
「きみは生きていたのか…?」
大曾根は驚いた表情で
その男の顔を見た。
それはボートの中で
撃ち殺したはずの
三国船員だった。
三国は大曾根の犯した悪事を
一つ一つ暴いて聞かせる。
「すると、きさまは…?」
「その明智小五郎だよ」…。
先日取り上げた江戸川乱歩の
「大暗室」には、
氷川瓏による少年向けリライト版が
存在します。
ポプラ社の少年探偵団シリーズ
第30巻です。
シリーズ27巻以降の20冊は
大人向け作品のリライト版ですが、
それらの中で本作は
最も悪名高い作品であり、
ある意味それが
味わいどころといえるでしょう。
〔主要登場人物〕
有明友定
…老生物学者。
アフリカの黒ダイヤを所有。
大曾根竜次
…有明の助手。黒ダイヤを狙っていた。
漂流したボートで 有明を射殺する。
三国
…有明、大曾根の二人が乗った客船の
船員。その正体は…。
有明京子
…友定の孫娘。両親とは死別。
大曾根に誘拐される。
小島
…高校生。大曾根に雇われた家庭教師。
京子を見張る。その正体は…。
辻堂
…隠し埋蔵金を探す強欲な老人。
マユミ
…辻堂が養っている少女。
先祖の隠し財産の在処を示す暗号を
持っていた。二十面相に誘拐される。
美香子
…マユミの仲良しの少女。
修一
…美香子の弟。小学校五年生。
少年探偵団員。
松島ナナ子
…少女歌手。二十面相が誘拐を企む。
進藤大助
…毎朝新聞社会部記者。二十面相に
拉致されて大暗室に案内される。
怪人二十面相
…大曾根がそう名乗る。
「ボロボロの服を着た少年」
…二十面相の部下。
辻堂老人をそそのかす。
小人島(「一寸法師」)
…二十面相の部下。マユミを誘拐する。
中村警部…警視庁警部。
明智小五郎…私立探偵。
明智文代…小五郎の妻。
小林…明智の助手。
本作品の味わいどころ①
呉越同舟!?二十面相と漂流していた明智
全部で二十作あるリライト版。
大人向け原作に明智が登場していれば
リライトも苦労しないでしょうが、
「大暗室」は明智の登場しない作品。
となると誰を明智役に置き換えるかが
ポイントとなるのです。
本作ではまさかの三国船員
(原作では久留須左門)。
早々と正体を明かし、大曾根との
全面対決へともつれ込みます。
しかしその大曾根の正体は
怪人二十面相であることが、
作品中盤で明かされます。
ということは、
明智小五郎と怪人二十面相が、
太平洋で漂流している船の中で
一週間一緒に過ごしていたという
ことでしょう。まさに呉越同舟。
この「トンデモ設定」こそ、
本作品の味わいどころなのです。
しっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
嘘か真か!?大曾根の正体が怪人二十面相
大曾根竜次は怪人二十面相なのか?
それこそが本作品の
最も大きな「謎」です。でも、
おそらくは贋物に違いありません。
そもそも怪人二十面相の本名は
「遠藤平吉」であることが
明かされています(「サーカスの怪人」)。
原作では明智小五郎の名を騙った
大曾根竜次。
リライト版では怪人二十面相の名を
騙ったとて不思議ではありません。
なにより本物は血を嫌います。
ところが大曾根二十面相は
京子を転落死させようとし
(失敗に終わるが)、
明智を焼き殺そうとし、
マユミ拉致の際は運転手を殺害し
(実行は部下)、
少年探偵団と対峙した怪人二十面相とは
似て非なる、
殺人をいとわない性格なのです
(この点こそが少年探偵団シリーズ
愛好家から最も忌み嫌われている
本作品の特徴)。
まさに真偽不明。
この「トンデモ設定」こそ、
本作品の味わいどころなのです。
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
大問題作!?苦心がうかがえる内容健全化
そもそも、「大暗室」を少年向けに
リライトするということ自体が
困難なのです。
原作の味わいどころとして掲げた
「豪華絢爛&エログロ満載、
大暗室」ですが、
さすがに裸体の美女を
いたぶったりするのは
ジュヴナイルでは御法度です。
「大暗室」をどのような設定にするか?
苦肉の策が
「大美術館」だったのでしょう。
さらにもう一つの味わいどころが
「最悪最強の悪の化身、
大曾根龍次」でした。
こちらも美少女を次々と誘拐したり、
拷問をしたりという設定は
当然はずされました。そこで
こちらも苦し紛れなのでしょうか、
怪人二十面相を
名乗らせるということなのでしょう。
でも、結果的にはいろいろなところで
不具合を生じ、
しかも殺人あり中学生拉致監禁ありと、
原作の色合いを
だいぶ緩和したとはいえ、
現代ではこれでも厳しいレベルです。
問題作とはいえ、
このリライト作者・氷川瓏、
だいぶ苦心して仕上げたであろうことが
うかがえます。
それこそが本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
原作「大暗室」は昭和11年12月から
雑誌連載が開始されました。
あの「怪人二十面相」の
連載(昭和11年1月~12月)終了
直後なのです。
しかも大曾根龍次と有明友之助の対決は
まさに二十面相vs明智小五郎のそれと
酷似しているのです。
何やら縁のある二作品であり、
氷川瓏がそれを活かしたとも
考えられます。
そう考えると、問題作どころか
絶妙の味わいを感じさせる
素敵な作品と思えてきてなりません。
少年探偵団シリーズの新装版や
文庫化の際、
第27巻以降は黙殺されたままです。
内容を考えると、
今後復刊することは絶望的でしょう。
このハードカバー版は
そうした意味で貴重です
(私は1998年の復刻版を所有)。
ぜひ今のうちに古書を探して
ご賞味ください。
(2025.3.16)
〔関連記事:乱歩作品〕



〔関連記事:少年探偵団シリーズ〕



〔少年探偵シリーズ・リライト版〕
Amazonで探すことは可能です。
「27 黄金仮面」
「28 呪いの指紋」
「29 魔術師」
「30 大暗室」
「31 赤い妖虫」
「32 地獄の仮面」
「33 黒い魔女」
「34 緑衣の鬼」
「35 地獄の道化師」
「36 影男」
「37 暗黒星」
「38 白い羽根の謎」
「39 死の十字路」
「40 恐怖の魔人王」
「41 一寸法師」
「42 蜘蛛男」
「43 幽鬼の塔」
「44 人間豹」
「45 時計塔の秘密」
「46 三角館の恐怖」


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