「春の窓」(安房直子)

ファンタジーは心の栄養です。

「春の窓」(安房直子)講談社文庫

「私」が森でつくるジャムは、
味はけっして
悪くはないはずなのに、
一つも売れない。
ある夜、
小屋の中に一匹の牝鹿がいて、
おいしそうに
ジャムを食べていた。
牝鹿はジャムのお礼に
「私が、いいレッテル、
つくってあげましょう」と…。
(「あるジャム屋の話」)

ファンタジーは心の栄養です。
だから、疲れてくると
無性に読みたくなります。
そのために買ってあった一冊が
安房直子の本書です。
夢のような世界が現れ、
読み手を優しく包んでくれること
間違いなしです。

〔「春の窓 安房直子ファンタジー」〕
あるジャム屋の話
黄色いスカーフ
北風のわすれたハンカチ
日暮れの海の物語
だれにも見えないベランダ
小さい金の針
星のおはじき
海からの電話
天窓のある家
海からの贈りもの
春の窓
ゆきひらの話

本書の味わいどころ①
大人が主人公の大人の童話

主人公が小学生である
「星のおはじき」「海からの贈りもの」、
熊が主人公の
「北風の忘れたハンカチ」など、
例外はあるものの、
そのほかは青年やおばあさんなど、
大人が主人公です。
子どもが主人公の童話も
素敵なのですが、
大人が主人公のファンタジーは
心が癒やされます。
物語の中に
すんなり入っていけるからです。

大人の主人公たちは、
みな人生のどこかで
生き方に迷いが生じた頃、
奇跡と出会うのです。
ある者は素敵な生き方に目覚め、
ある者はそれまでの生き方が
間違っていないことを諭され、
また力強く歩き始めているのです。
主人公同様、読み手もまた
ファンタジーの魔法にかかり、
心を軽くすることができるのです。
この、大人が主人公の
大人の童話であることが、
本書の第一の味わいどころといえます。
じっくり味わいましょう。

本書の味わいどころ②
ほとんどが明るく温かい話

十二編の多くが
ハッピー・エンドの物語です。
「あるジャム屋の話」「春の窓」の二編は、
主人公の青年が、仕事も軌道に乗り、
お嫁さんまでもらうという、
いいことずくめの終末で、
心が和みます。
「だれにも見えないベランダ」では、
人の良い青年大工が、自ら拵えた
「だれにも見えないベランダ」に乗って、
魔法の猫とともに
未知の世界に旅立つという、
メルヘンチックな
SFファンタジーとなっています。

もちろん悲話も用意されています。
「日暮れの海の物語」の少女は、
救われないままです。
「天窓のある家」の主人公は
成功を収めますが、
それは主人公の不誠実な行いが
きっかけであり、
後味の悪さを感じさせます。
しかしそれらが
一種のスパイスとして作用し、
全篇の流れを引き締めるとともに、
幸福な結末の作品の味を
より深めているのです。
この、ほとんどが
明るく温かい話であることが、
本書の第二の
味わいどころといえるのです。
しっかり味わいましょう。

本書の味わいどころ③
心を温める素敵な動物たち

ファンタジーといえば、
言葉を話す動物が必須です。
こちらもほとんどに登場します。
鹿、熊、亀、猫(二編)、鼠、蟹、と、
人間たちに夢を与えてくれます。
動物だけではありません。
「星のおはじき」では柳の木が、
「天窓のある家」ではこぶしの木が、
主人公に語りかけます。
例外的に「海からの贈りもの」では
「海ばあさん」(良い妖怪?)、
「ゆきひらの話」では、
表題どおりのゆきひらなべが
幸せを運んできます。
そうした非日常の世界に
すんなりと入っていけるのは、
作者・安房直子の
温かい文章のなせる技でしょう。
この、心を温める
素敵な動物たちの息づく
ファンタジーの世界こそ、
本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

こんなにも素敵な世界を紡ぎ続けた
安房直子ですが、
神さまは彼女に五十年間の生しか
与えてくれませんでした。
日本人の平均余命あたりまで
生きつづけていたら、
この世はもっと素敵な彩りが
なされていたように思えてなりません。
私たちは遺された作品を味わいながら、
彼女の作品の世界で
癒やされるしかないのでしょう。
味わい深い一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2025.3.17)

〔安房直子の本〕
偕成社より全7巻の
「安房直子コレクション」が
刊行されています。
すでに二十年が経過しましたので、
絶版になる可能性があります。
私も揃えたいと考えています。

昨年(2024年)、
「安房直子絵ぶんこ」シリーズ全9巻が
刊行されています。
こちらも素敵です。

Ondřej ŠponiarによるPixabayからの画像

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