「車井戸は何故軋る」(横溝正史)

金田一が登場せずともやはり傑作

「車井戸は何故軋る」(横溝正史)
(「車井戸は何故軋る」)東京創元社
(「横溝正史探偵小説
  コレクション③」)出版芸術社

K村の名家・本位田家の
長男・大助が、
両眼を失った状態で
戦地から帰還した。
あれだけ明るく
思いやり深かった大助だが、
復員後は人が変わったように
暗く陰湿な性格になっていた。
祖母・槇、妻・梨枝、
妹・鶴代は、ある疑いを抱く…。

横溝正史が戦後(1949年)に著した
傑作の一つです。
6年後の1955年、単行本収録される際、
加筆されて金田一ものへと
転化されたために
影が薄くなってしまいましたが、
本作品は金田一が登場しなくても、
傑作であることに間違いはありません。

〔主要登場人物〕
本位田弥助

…故人。維新当時の本位田家当主。
本位田庄次郎
…故人。弥助の嫡男。
本位田槇
…庄次郎の妻。
 亡夫に代わり本位田家を支える。
 事件当時存命。
本位田大三郎
…故人。庄次郎の嫡男。二重瞳孔
本位田大助
…大三郎の長男。戦傷で義眼となる。
本位田梨枝
…大助の妻。
 帰宅した夫に恐れを感じる。
本位田慎吉
…大三郎の次男。結核患者。
 療養所生活だが、月に一二度、帰宅。
本位田鶴代
…大三郎の長女。大輔・慎吉の妹。
 頭脳明晰な少女。心臓病で病弱。
お杉
…本位田家老下女。転落死する。
鹿蔵
…本位田家下男。白痴気味。
秋月善太郎
…故人。没落した秋月家の当主。
 井戸で自殺。
秋月柳
…善太郎の妻。大三郎と関係した。
 夫の一周忌に井戸で自殺。
秋月りん
…善太郎と柳の娘。伍一の姉。
秋月伍一
…大三郎と柳の息子。大助と異母兄弟。
小野宇一郎
…没落した小野家当主。
小野咲
…宇一郎の後妻。
小野昭治
…宇一郎と先妻の息子。
 家出。脱獄した。
「私」…語り手。冒頭部分にのみ登場。

〔事件の概要〕
※事件発生は昭和21年
7月3日
・大助、復員。戦傷により両目が義眼。
8月23日
・大助の手形を記した絵馬を
 受け取りに出たお杉が
 崖から転落死。
8月29日
・本位田家に不審者侵入、正体不明。
9月2日
・明け方、梨枝斬殺死体で発見。
・夕刻、大助、自宅井戸から胸を
 短刀で刺された状態の遺体で発見。
9月9日
・容疑者・小野昭治逮捕。
10月7日
・鶴代、真相究明。
10月15日
・鶴代、心労により死亡。

本作品の味わいどころ①
書簡で綴られる特殊な構成

ノン・シリーズ作品として
読み返したとき、
本作品の「書簡で綴られる構成」が、
非常に大きな効果を及ぼす手法として
浮かび上がるのです。
冒頭部分のみ
「私」なる語り手(=横溝)による、
本位田・秋月・小野の三つの一族の、
それまでの繋がりが記されるとともに、
事件の背景が語られます。
そして終末に本位田慎吉の短い手記が
配置され、幕を閉じるのです。
しかしその二つに挟まれた部分、
つまり本編はすべて
本位田鶴代が慎吉に宛てた書簡文で
構成されているのです。

病弱でありながら
感受性の異様に鋭い少女の視点から
語られる事件の全容。
それらは、その異様な姿を必要以上に
クローズアップさせ、
読み手の脳内に再生されていくのです。
復員した兄・大助のまとっている
陰湿な空気、
それに恐怖する嫂や祖母の不安と
そこから生じる自身の疑心暗鬼、
血も凍るような殺害現場の様相。
そして何よりも
真実を知ってしまったあとの絶望感。
それらがか弱い少女の目を通して、
痛々しいまでに
読み手に伝わってくるのです。
この、書簡で綴られる特殊な構成こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
屏風の伝説が呼び込む悲劇

本作品に描かれる、
本位田・秋月・小野の三家の
一族にまつわる重層的因縁こそが、
横溝の真骨頂ともいうべき
舞台設定となります。
しかしその効果を高めているのは
何といっても葛の葉の屏風です。

子までもうけた妻の正体が、
かつて命を助けてやった狐だった。
正体を知られた妻は、
もとの狐の姿に戻って
消えていったという葛の葉の説話。
屏風はその場面を、
狐そのものを描くのではなく、
妻である女の眼の
瞳を描かず白目にすることによって
表現したというものでした。
それは二重瞳孔という特徴を失った
大助の姿と絶妙に重なり、
事件の遠因となるのです。
この、悲劇を呼び込む屏風絵という
横溝の巧妙な設定こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなってくるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
病弱の美少女が解き明かす

読み進めていくと、
最後の場面で驚きます。
本作品の探偵役はなんと病弱の少女・
本位田鶴代だったのです。
手紙はすべて、少女目線によって
事件のおどろおどろしさを
強調させるのみならず、
実は鶴代の事件捜査手記といえるものに
なっていたのです。

心臓病を患い、
家から出ることもできない
病弱でか弱い少女。
それが名探偵を演じるのです。
安楽椅子探偵の極みともいえる
探偵像が完成していたのです。
わずか十七歳で兄と兄嫁の
凄惨な殺害事件に遭遇し、
その明晰な頭脳を持って、
図らずも解き明かしてしまった
事件の真相は、
この少女の命を奪うに十分な
衝撃を持っていたのです。
金田一が登場しないことにより、
この鶴代の存在感と悲劇が
一層際立ってくるのです。
ある意味、
金田一以上の名探偵ぶりです。
この、病弱の美少女を名探偵役にすえた
横溝の素敵な人物設定こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

金田一耕助シリーズ作品としての
「車井戸はなぜ軋る」
そしてその原形作品としての
「車井戸は何故軋る」。
金田一が登場することによる魅力が光る
前者に対し、
金田一抜きでも十分な味わいを
創り上げている後者、
とても甲乙などつけられません。
難しく考えずに、両方を読み比べ、
味わい、そして愉しむべきです。

本作品は2004年に出版芸術社による
「横溝正史探偵小説コレクション③
聖女の首」で
初の単行本収録となりました。
数年前から
入手が困難となっていたところ、
先日(2025年2月28日)、
東京創元社より本作品を表題とした
作品集に編まれることとなりました。
嬉しいことです。
これを機会に、ぜひご賞味ください。

(2025.3.21)

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(2025.3.27)

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