
ブスカベアタ爺さんの警察顔負けの捜査
「割符帳」(アラルコン/会田由訳)
(「三角帽子 他二篇」)岩波文庫
(「百年文庫093 転」)ポプラ社
ブスカベアタ爺さんが
丹念に育てた南瓜は、
収穫を迎えた朝、
何者かに盗まれ、
畑から消えていた。
盗まれた南瓜は
カディスへ運ばれたに違いない。
そう見当をつけた爺さんは、
桟橋へと急いだ。
その前に爺さんは、
二十分ばかり畑で…。
クラシックのバレエ音楽
「三角帽子」(ファリャ)の
原作執筆者として有名な
ペドロ・アントニオ・デ・アラルコンの
掌篇です。筋書きは至って簡単、
ブスカベアタ爺さんが見事に
南瓜どろぼうを捕まえるという
軽妙でおかしみのある
作品となっています。
〔主要登場人物〕
ブスカベアタ爺さん
…ロータの地に住む百姓。
丹念に育てた南瓜四十個を盗まれる。
フラーノ父つぁん
…ブスカベアタ爺さんの南瓜を盗み、
カディスの市場で売りさばいた。
「小売商人」
…フラーノから買った南瓜を
販売していた。
「食料品審査官」
…盗難騒ぎに裁定を下す。
本作品の味わいどころ①
ブスカベアタ爺さんのあるべき農業の姿
大型機械で次から次へと刈り取って
収穫するような
近代的農業ではありません。
三つに章立てされた本編の
最初の章を割いて記されているのは、
スペインののどかな田舎ロータの地の、
昔ながらの農業の姿です。
真水の流れる川がないため、
限りある地下水を汲み上げて使う。
肥沃とはいいがたい土地であり、
あらゆる方法で堆肥をつくり上げる。
そのわずかに得られた両者を
ピンポイントで作物に与える農法。
害虫を取り除き、
病気や環境の変化から細心の注意を払い
守っていく。
そうした農業に半生を費やした
ブスカベアタ爺さんであるからこそ、
次の筋書きが
納得できるものとなっているのです。
この、ブスカベアタ爺さんの
あるべき農業の姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
ブスカベアタ爺さんの明晰な頭脳と考察
盗難に遭っても、ブスカベアタ爺さんは
泣き寝入りしません。
四十個の南瓜の捜索のため、
すぐさま行動を起こします。
たかが百姓と思って侮るなかれ、
ブスカベアタ爺さんは行動の前に
しっかりと頭を使っています。
自身の昨日の行動から、
論理的に犯行時刻を特定するとともに、
現地ロータでの売却の可能性を否定し、
窃盗品の輸送ルートまで
特定してしまうのです。
この、ブスカベアタ爺さんの
明晰な頭脳と考察こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
ブスカベアタ爺さんの警察顔負けの捜査
売却の可能性の高いカディスの市場に
いち早く駆けつけた
ブスカベアタ爺さん。
もちろんすぐ自分のつくった南瓜を
見つけ出し、警察に報告します。
「小売商人」の証言により、
犯人はフラーノ父つぁんであることも
早々に判明します。
しかし当然、その南瓜が
自らのものであることを
立証しなければ、
フラーノを罪に問うことは
できないのです。
さて、ブスカベアタ爺さんは
いかにして立証するか?
それが本作品の肝となります。
ぜひ読んで確かめてください。
手掛かりは「割符帳」という表題と、
爺さんが畑で二十分ばかり行っていた
準備作業が鍵となっています。
丹精込めて作った野菜が盗まれる!
現代日本ではそのような話は
枚挙にいとまがないほど起きていて、
そのほとんどのケースで
犯人検挙にいたっていません。
盗難野菜の特定も、
現代ではDNA鑑定など、科学的な
立証方法はいくつも存在します。
それでいて犯人逮捕に結びつかない
現代日本。
警察はいったい何をしているのかと
思ってしまうのですが、
十九世紀の農業人ブスカベアタ爺さんの
捜査能力はしっかりと
犯人を突き止めるのですから驚きです。
この、ブスカベアタ爺さんの
警察顔負けの捜査こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、現代日本に再び目を向ければ、
野菜どろぼうならぬ
「消えた米」が話題をさらっています。
政府筋の発表したように、
「転売ヤー」なるものが米をプールして
価格をつり上げているのか、
それともネット情報が指摘するように、
政府の収穫量測定がずさんであり、
「消えた」のではなく
もともと減収だっただけなのか、
真実は霧の中です。
ここはひとつ、
ブスカベアタ爺さんのような農家に
捜査してもらいましょうか。
(2025.3.26)
〔「三角帽子 他二篇」岩波文庫〕
三角帽子
モーロ人とキリスト教徒
割符帳
あとがき
〔「百年文庫093 転」〕
黒い小屋 コリンズ
割符帳 アラルコン
神様、お慈悲を! リール
〔百年文庫はいかがですか〕

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