
最後に成功を収めるヴァルモン
「チゼルリック卿の遺産」
(バー/田中鼎訳)
(「ヴァルモンの功績」)創元推理文庫
ヴァルモンは
チゼルリック卿から、
これまで経験したことのない
種類の依頼を受ける。
成功すれば大きな報酬があるが、
解き明かせなければ
ビタ一文受け取れない、
存在するかどうかわからない
遺産を探すという
「投機的依頼」だった…。
ロバート・バーの
ヴァルモン・シリーズの一篇です。
例によって田中鼎なる訳者の
夏目漱石調の訳文と相まって、
ユニークなミステリの世界が
展開していきます。
はたして今回のヴァルモンは、
依頼を解決できるのか、それとも…。
〔主要登場人物〕
「吾輩」(ウジューヌ・ヴァルモン)
…語り手。
元フランス国家警察刑事局長。
フランス警察を免職され、
英国に渡り私立探偵となる。
故チゼルリック卿
…偏屈ものの伯爵。
財産のほとんどを処分したはずだが、
謎の遺産を甥に遺したという。
(現)チゼルリック卿
…故伯爵の甥。
遺産のありかを探るべく、
ヴァルモンに調査依頼する。
ヒギンズ
…チゼルリック家執事。
T・A・エジソン
…有名な発明家。
本作品の味わいどころ①
発明王と知り合いのヴァルモン
本作品、登場人物の少なさが
特徴の一つです。
上に記した主要登場人物(名前を
与えられているのはこれだけ)のうち、
伯父伯爵は故人であり、
行動や人柄が語られるだけ。
ヒギンズも目立った登場はありません。
基本的には探偵ヴァルモンと
依頼人の青年伯爵だけなのです。
ところが冒頭部分に
あの発明王エジソンが登場するのです
(チゼルリック卿の依頼とは
まったく無関係なのですが)。
エジソンの科学に対する理念が、
事件解決の糸口となったことを受けての
紹介なのですが、それにしても
ヴァルモンがエジソンと
知り合っていたという設定から
笑わせてくれます。
この、実は顔の広かった
ヴァルモンのキャラクターこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
やはり失敗を重ねるヴァルモン
伯父伯爵のメッセージは、
「財産は図書室の紙の間に
見つかるだろう」のみ。
ところが図書室には厖大な書籍とともに
足の踏み場もないくらいの書類
(請求書・新聞・包装紙等)が
無造作に敷き詰められているのです。
しかも伯父伯爵は
その図書室をなんと寝室兼鍛冶場
(暖炉を鍛冶炉として使用)にしていたと
いうから驚きです。
「投機的依頼」を受けた
人情家のヴァルモンですが、
はたして伯父伯爵の遺産は
あるのかないのか。
通常のミステリであれば、
遺産が存在することが大前提であり、
なければ筋書きが破綻してしまいます。
ところがヴァルモン・シリーズです。
そうした常識は通用しません。
案の定、ヴァルモンの推理と
それに基づく行動は次々に失敗します。
壁の中から見つけたセメント塊を
ダイナマイトで爆破しても
中からは何も発見されず、
新聞の欄外への書き込みを
チェックしても
何も手掛かりは得られず、
数千冊の書籍を前に、
途方に暮れるだけなのです。
あとはどんなオチで締めくくられるかを
待つだけとなるのです。
この、やはり予定調和的に
失敗を重ねるヴァルモンの姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
最後に成功を収めるヴァルモン
ところがなんと、
ヴァルモンは遺産を探し出します。
それも確かに「図書室の紙の間」から
見つけ出すのです。しかも
「寝室兼鍛冶場」の謎を解き明かし、
床に散らばっている請求書から
地道に捜査し、
きわめてまっとうな手法でのことです。
詳しくはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
最後に成功を収めるヴァルモン、
それこそが本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
それにしても、
見事に成功したヴァルモンですが、
その筋書きに面白さを感じるとともに、
肩透かしを食らったような気持ちも
生じるという、複雑な感情を
抱かせる作品となっています。
それがヴァルモン・シリーズの
特徴なのでしょう。
いずれにしても
面白さ抜群のミステリです。
ぜひご賞味ください。
(2025.3.28)
〔「ヴァルモンの功績」ロバート・バー〕
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