
生態系全体から野生生物の問題を捉えることの重要性
「野生生物と共存できるか」(高槻成紀)
岩波ジュニア新書
いま野生生物が生きていくのに、
さまざまな困難に
ぶつかっているのです。私は、
みなさんにこの本を通じて、
野生生物と人間がこれからも
ともにこの地球の上で
生きていくためには、何を知り、
何をしなければいけないかを
考えて…。
私の住む地域では、
一昨年から今年にかけて
クマの被害が多発しました。
学校では放課後に
クマの目撃情報があったことと、
下校時の注意を呼びかけるアナウンスが
たびたびなされました(呼びかけても
注意のしようがないのですが)。
そのたびに新聞やネットでは
「なぜ殺す」「人間に害を与える以上、
殺処分するのが当然」の応酬が
繰り返されることになります。
簡単な問題ではありません。
一人一人がしっかり考えるべき
問題なのです。
その手がかりとなるのが本書
(表紙カバーにもクマのイラスト)です。
〔本書の構成〕
はじめに
1章 いま野生動物にこんな問題が
2章 絶滅はなぜおきるのだろう
3章 保全生態学が野生動物をまもる
4章 保全生態学のじっさい
―私たちの研究から
5章 野生動物問題の解決に向けて
6章 野生動物をどう考えればいいか
あとがき
本書の味わいどころ①
生態系全体から問題を捉える
「1章 いま野生動物にこんな問題が」
「2章 絶滅はなぜおきるのだろう」では、
今起きている問題を
丁寧に炙り出しています。
1章では野生動物に関する問題を
多角的に報告しています。
絶滅が危ぶまれる種、
それも身近で見過ごされがちなメダカ。
逆に増えすぎて困るシカ。
外来生物の問題。
そして昨今最も問題となっている
人的被害をもたらすクマの問題。
一つ一つ事例を挙げながら、
なぜそれが「問題」なのかを
詳しく説明しています。
そして「2章」では、
生物種の絶滅の意味や問題、そして
種の絶滅が何をもたらすかについて
広い視野から論じています。
それらがすべて
個別の問題としてではなく、
生物どうしの複雑なつながりからの
視点で述べられている点が
読み手の理解を大きく深めてくれます。
この、生態系全体から
野生生物の問題を捉えている
著者のスタンスこそ、
本書の第一の味わいどころなのです。
じっくりと味わいましょう。
本書の味わいどころ②
「かわいいから守る」ではない
著者が繰り返している
「ペットと野生動物の
区別をつけることが大切」
「かわいいから守るのではない」という
主張に納得させられます。
「3章 保全生態学が野生動物をまもる」
「4章 保全生態学のじっさい」では、
前2章を受けて、保全生態学の
概要について説明しています。
「3章」では、野生生物を守るための
保全生態学の考え方が、
総論的にまとめられています。
この考え方は、中学生高校生にとって
新しい気づきをもたらすのではないかと
考えます。
「4章」では、著者が行った保全生態学の
実際のようすが記されています。
国内のシカ研究はもちろん、
モンゴルでのモウコガゼル研究、
国をまたぐ渡り鳥の研究などが
紹介され、保全生態学は
単なる机上の論理ではなく、
実地研究に裏打ちされた
学問であることが分かるしくみに
なっています。
野生生物をなんのために守るか、
どのように守るか、
そうした保全生態学の考え方を
学ぶことこそ、本書の
第二の味わいどころとなるのです。
しっかりと味わいましょう。
本書の味わいどころ③
現実的な解決方法を模索する
そして
「5章 野生動物問題の解決に向けて」
「6章 野生動物をどう考えればいいか」
では、1章2章で提起された問題の
具体的解決に向けての考え方が
取り上げられています。
昨今のクマ問題でも、
「なぜ殺す」「人間に害を与える以上、
殺処分するのが当然」と、
両極端で単純な考え方の
衝突が目立ちます。
保全生態学の考え方で
解決の道筋を考えると、
そのような簡単なものではないことに
気づかされます。
単に生かして守るのでもなく、
駆除・殺処分を急ぐのでもなく、
生態系を維持しながら
人間の生活を豊かにしていくことの
重要性が述べられているのです。
この視点を
すべての人間が身につけたとき、
単に野生動物の問題だけでなく、
人と人、国と国、民族と民族の
対立や紛争の解決の糸口を
つかめるのではないかと思うのです。
保全生態学の考え方を生かしての
現実的な問題解決方法の模索こそ、
本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
岩波ジュニア新書は、
中学生高校生に向けて
書かれたものですが、
大人のあなたが読んでも
十分に味わい深い良書ぞろいです。
本書もいろいろな気づきを
得ることができます。
ぜひご賞味ください。
(2025.4.9)
〔岩波ジュニア新書はいかが〕
本書出版は2006年であり、
いささか鮮度が落ちてきています。
岩波ジュニア新書において、
この保全生態学に関する本の
新しいものが以下の二つです。
こちらもどうぞ。
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