
明智、まさかの誘拐そして死亡
「魔術師」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第6巻」)光文社文庫
実業家の福田のもとに届く
連続数字は殺人予告か!?
厳重な警戒の網をかいくぐって
凶行は行われた。
警備の巡査とともに
甥の二郎が寝室をのぞき込むと、
そこには首を切断された
無惨な死体があった。
頼みの明智は行方不明となり…。
江戸川乱歩の
明智小五郎シリーズの一つであり、
長篇作品としては
「一寸法師」「蜘蛛男」「猟奇の巣」に続く
四つ目の事件となります。
明智小五郎シリーズ長篇は、
「一寸法師」「蜘蛛男」「黄金仮面」
「黒蜥蜴」「人間豹」といった表題から
類推できるように、
化け物キャラ的犯罪者の
存在感が大きいのですが、
本作品の犯罪者「魔術師」は、
やることなすこと派手な一方、
姿を見せることがないため、
存在感はそれほど大きくありません。
むしろ明智自身に起きる展開の変化が
大きくクローズアップされるため、
それが本作品の
味わいどころとなっています。
【明智小五郎事件ファイル10「魔術師」】
〔主要登場人物〕
玉村善太郎
…宝石商。
謎の怪人・魔術師に命を狙われる。
玉村一郎
…善太郎の長男。
玉村二郎
…善太郎の次男。
玉村妙子
…善太郎の長女。一郎・二郎の妹。
花園洋子
…二郎の恋人。妙子の友人。音楽家。
誘拐され、殺害される。
進一
…両親と死に別れた十歳の男の子。
妙子が育てている。
福田得二郎
…事業家。玉村の弟。
殺害され、首を切断される。
音吉
…玉村家の庭掃除の爺や。
不審な動きを見せる。
玉村幸右衛門
…善太郎の父親。故人。
牛原耕造
…金満家。
玉村氏一家を晩餐に招待する。
魔術師
…正体不明の怪人。
奥村源造
…魔術師の正体。
奥村源次郎
…源造の父親。
文代
…魔術師の娘。心の清い娘であり、
明智に手助けする。
三次
…魔術師の手下の一人。
波越警部
…警視庁警部。事件の捜査にあたる。
明智小五郎
…私立探偵。「蜘蛛男」事件の十日後、
静養先で妙子と知り合う。
〔事件の概要〕
①明智、誘拐・拉致監禁される。
②福田得二郎、殺害される。
③福田得二郎の首、発見される。
④明智、敵アジトを脱出。
⑤明智の死亡記事を新聞が掲載。
⑥妙子、襲撃される。
一命を取り留める。
⑦一郎、罠にかかり絶体絶命、
救出され、無事。
⑧花園洋子、誘拐、殺害。
⑨妙子、入院先から行方不明。
⑩明智、魔術師を追いつめるが、
捕縛失敗。
⑪玉村一家、魔術師に拉致監禁される。
⑫玉村一家、救出される。
⑬魔術師、自死。一味、全員捕縛。
⑭玉村家で殺人事件発生。
⑮明智、事件解決。
本作品の味わいどころ①
明智、まさかの誘拐そして死亡
本作品、なんと明智の誘拐・拉致監禁で
幕を開けます。
しかもまだ事件が起きていない中での
明智襲撃。
魔術師一味の用意周到な
犯罪計画の第一歩は、
名探偵明智の動きを
封じることだったのです。
そのため、第一の被害者は
命を奪われることになるのです。
殺人計画を立てた犯罪者集団が、
なぜ明智を殺さずに拉致監禁?
そうした疑問も当然生じるのですが、
乱歩はその点もしっかりと
魔術師の人物設定に盛り込んでいます。
そしてこの拉致監禁から
開始した筋書きは、
明智とその伴侶となる
文代との出会いをつくり、
明智死亡の衝撃を読み手に与え、
明智の隠密行動を可能とし、
玉村家の不可思議な事象に対する
読み手のミスリードを誘う、
そうした副次的な効果を
次々と発現させていくのです。
この、名探偵・明智小五郎の、
まさかの誘拐、そして死亡こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
明智、二人の女性に心を寄せる
名探偵はなかなか女性に対する想いを
表面に出さないものです。
ホームズしかり、金田一しかり。
もちろん明智もしかりです。
でも本作品のみ、
明智は女性に心を寄せ、
それがしっかりと読み手に伝わる形で
表現されているのです。
しかも一人ではなく二人の女性に。
一人は命を狙われている
玉村家の令嬢・妙子。
明るく素敵な女性です。
もう一人は命を狙っている側の
魔術師の娘・文代。
こちらは父親の犯罪に
心を痛めている清らかな女性です。
乱歩作品の読者の多くは
かつて少年探偵団シリーズを
読んでしまっている以上、
明智の妻の座に納まるのは
文代だとわかっています。
だからこそ、どのような経緯をたどって
明智は妙子ではなく文代を選ぶのか、
興味津々の眼で
筋書きを追っていくことになるのです。
この、名探偵・明智小五郎の、
まさかの二股恋愛、ではないにせよ、
想いの行方こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
明智、依頼主の命を守れるか!?
現在進行形で展開する連続殺人事件は、
名探偵が犯罪者を阻止できずに
殺人の実行を許してしまうことが
多々あります。
本作品はどうなのか?
魔術師の真の目的・玉村善太郎殺害を
食い止めることはできるのか?
物語の終盤近く、
ついに魔術師は自ら命を絶ち、
犯行を阻止することに
成功した明智ですが、
クライマックスは主犯死亡後に
起こるのです。
この、魔術師亡き後にも
まだまだ続く事件の行方こそ、
本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
例によって乱歩作品、
突っ込みどころはたくさんあります。
第一の殺人である
福田氏殺害のプロセスが
ほとんど解明されていない点や、
乳児を入れ替えたとしても
その家庭で育った人間を
復讐鬼として洗脳できるのかといった
問題など、難をつけようと思えば
いくらでも可能なのです。
それでいて、読み手をぐいぐいと
作品世界に引きずり込む
圧倒的な吸引力を、
本作品(のみならず乱歩作品すべて)は
持っているのです。
細かいことにこだわらず、
乱歩のエンターテインメントを
心ゆくまで味わいましょう。
(2025.4.11)
〔青空文庫〕
「魔術師」(江戸川乱歩)
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