「石灰石」(シュティフター)

本作品が問いかける「才能とは何か」

「石灰石」(シュティフター/手塚富雄訳)
(「みかげ石 他二篇」)岩波文庫

石灰岩台地の広がる
シュタインカールの地を、
測量のために訪れた「わたし」は、
貧しい姿の牧師と再会する。
ある日、突然の雷雲に見舞われた
「わたし」は、牧師館に
泊めてもらうことになる。
その夜、牧師は
木の長椅子で眠っていた…。

客である「わたし」にベッドをすすめ、
自らは木の長椅子で眠る。
それはある意味、招いた側の礼儀で
片づけられそうですが、
牧師は常にこの木の長椅子で
夜を過ごしているのです。
しかも着用している衣服は
数年間まったく変わらず、
みすぼらしい限りなのです。
清貧を通り越し、
あえて極貧生活を送る牧師。
語り手「わたし」はこの牧師に
興味を持つようになるのです。

〔主要登場人物〕
「わたし」

…冒頭部分の語り手。
 人間の才能についての話題を語る。
「わたし」
…本編部分の語り手。
 公務員としての測量士。
 石灰岩台地の村で交流した
 牧師の話を語る。
「牧師」
…辺境の地・シュタインカールの牧師。
 訳あって極貧の生活を送る。

本作品の味わいどころ①
描かれるのは「伏線」と自然の美しさ

古い岩波文庫の書式で
八十頁あまりの中篇作品です。
初めて読む方には退屈な作品と
感じられるかもしれません。
「わたし」が出会った
「牧師」の印象について、
淡々と述べられているだけだからです。
筋書きに大きな
展開の変化はありません。
しかし、何度か読み味わうと、
そこには無駄な記述など
一切ないことに気づかされます。

そこに描かれているのは、
基本的には「伏線」です。
本作品の肝は、「牧師」が亡くなり、
それによって明かされた
遺言書の内容にあります。
冗長にも感じられる
「わたし」と牧師の交流の数々、つまり、
嵐の夜に牧師館に宿泊したくだりや、
その翌日の増水した河川で
子どもたちを見守っていた牧師の姿、
病に倒れた牧師が「わたし」に語った
かつて裕福な家庭に育った
自らの生い立ちなど、すべては
遺言書に向けての伏線なのです。

加えて、その「伏線」とともに、
さりげなく石灰岩台地の村の
自然の美しさを
見事な筆致で描写しているのです。
シュタインカール地方について、
作中の「わたし」には
「おそろしい土地」と
言い表させています。
しかし作者は同時に、
素朴でありながらも変化に富んだ
豊かな自然の有り様を取り上げ、
その美しさを
読み手に巧みに伝えているのです。
急がずにゆっくりと読み進めると、
その風景が脳内にしっかりと
像を結ぶように描かれているのです。
この、シュティフターが描き出す
「伏線」と自然の美しさこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
遺言書が明かす牧師の極貧生活の訳

そして満を持して
最後の遺言書が描かれていくのです。
その内容もミステリにありがちな
「驚愕の遺産相続」などではありません。
極貧生活を重ねることによってできた
蓄えを、すべて「あること」のために
寄付するというものです。

「あること」とは何か?
それはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
それがそのまま牧師の極貧生活の
理由であるとともに、
牧師の人柄と思想を表すものでもあり、
牧師の望んだ夢であり、
前述したとおり
本作品の肝といえる部分なのです。

ところがその蓄えだけでは
遺言に書かれてあることを
実行できないのです。
世俗の事情に疎かった牧師は、
自らの蓄えがその「夢」に対して
あまりにも少額であったことを
知らなかったのです。
ではどうなったか?
それもまたぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
この、遺言書が明かす
牧師の人間性こそ、本作品の肝であり、
大きな味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
本作品が問いかける「才能とは何か」

本作品が問いかけるものは何か?
実は本編部分の「わたし」は、
冒頭部分の語り手「わたし」の
友人の一人であり、
人間の持つ才能について
語り合っていた中で取り上げられた
エピソードが本編となっているのです。
「人間は、神さまに、
 いまあるがままに
 造られたものである。
 神さまが才能を
 どのように配分したかは、
 たれにもわからず、
 議論のしようのないことである。
 なぜなら、ある人に、
 これからでもどんな才能が
 あらわれてこないものではない」

本編部分はその実証例として
明かされていくのです。
牧師が「わたし」に語った
自らの前半生と、
遺言書が公開されてからの
牧師の夢の実現の過程を
対比させたとき、
読み手である私たちは、
人間のもつ「才能とは何か」、
考えざるを得なくなるのです。
この、シュティフター
本作品を通して読み手に発した
問いの答えを考えることこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

描かれている自然と同様に、
シュティフターの文体もまた
素朴であり、
筋書きも前述のように起伏の少ない、
穏やかな水面のような趣があります。
抑制的で物静かでありながら、
実に多くのことを語りかけてくれます。
ぜひご賞味ください。

(2025.4.16)

〔「みかげ石 他二篇」岩波文庫〕
みかげ石
石灰石
石乳

「みかげ石」

〔シュティフターの作品について〕
現在流通しているのは以下のものです。

絶版扱いですが、古書をあたれば
以下のものも入手可能です。
「みかげ石 他二篇」(岩波文庫)
「森の小道・二人の姉妹」(岩波文庫)
「晩夏(上)」(ちくま文庫)
「晩夏(下)」(ちくま文庫)
「作品集第3巻 森ゆく人」(松籟社)

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