「青蛇の帯皮」(森下雨村)

全篇に竹中英太郎の妖しげな挿絵が満載

「青蛇の帯皮」(森下雨村)
(「挿絵叢書 竹中英太郎(二)」)皓星社

かつては全国に及ぶまで、
梟名高く夢魔のごとく
世人を脅かした「幽霊盗賊」
百面相の鮫崎仙助が
忽焉として消え去ってから幾年。
再び彼が我等の前に
姿を現した時、
彼は警視総監の信認最も厚き
希代の名探偵と
変じていたのである…。

冒頭部分の一節を抜き出しました。
森下雨村の「青蛇の帯皮」です。
森下といえば、
探偵雑誌「新青年」の初代編集長として
江戸川乱歩横溝正史など、
多くの探偵小説作家を
世に送り出した人物です。
言わば「名伯楽」なのですが、実は
自身も探偵小説を書き上げています。
ここで取り上げる「青蛇の帯皮」は、
あまり知られていない一篇ですが、
不思議な魅力のつまった
作品となっています。

〔主要登場人物〕
鮫崎仙助

…希代の名探偵。
 百面相の異名があることから、
 変装の名人と考えられる。
 かつては「幽霊盗賊」として
 恐れられていた怪盗。
 本事件は最初本名を隠し、
 逸見譲治名で依頼人と接触する。
名倉
…警視総監。鮫崎を重用する。
森住
…元陸軍大尉。
 事件を名倉に持ち掛ける。
河辺正夫
…森住邸から失踪した青年。
森住咲子
…元大尉の娘。河辺と婚約していた。
南部守雄
…彫刻家。かつては裕福だったが
 無一文となる。河辺に養われている。
陳世民(チェンシェーミン)
…台湾人。かつて河辺に一命を救われ、
 将来恩義に報いる約束をしていた。

本作品の味わいどころ①
河辺失踪は青蛇の呪いか、それとも

事件の依頼は失踪した河辺正夫青年の
行方を捜すこと。
森住邸に宿泊していた河辺青年が、
台湾人・陳世民から贈られた、
「莫大な富が授かる」はずの
「青蛇の帯皮」を締めて
床についたところ、
明け方にはベッドはもぬけの殻となり、
帯皮だけが残っていたというものです。
締めている者の姿を消し去る
謎の「青蛇の帯皮」。
まるで蛇の呪いのような怪奇現象です。
この、人間をかき消すという
青蛇のおどろおどろしい呪いこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
鮫崎探偵は変装の名手か、それとも

しかし本作品はホラー小説ではなく
探偵小説です。そこに
からくりがないわけがありません。
それを解き明かすのが
名探偵・鮫崎仙助なのです。

探偵はなにがしかの
強烈な個性が必要です。
欧米の探偵の祖・デュパンやホームズは
もちろん、日本の明智や金田一まで、
みな一癖二癖ある人物ばかりです。
この鮫島仙助は、冒頭の粗筋がわりに
掲載した一節に書かれてあることが
すべてです。
なんと、もと怪盗で変装名人。
アルセーヌ・ルパン的人物なのです。
もっともルパンは怪盗と探偵の
二足草鞋的活動でしたが、
こちらは怪盗から
きっぱり足を洗っての探偵業。
正義の味方に看板を掛け替えたのです。

ところが、
本作品における鮫島の探偵術には、
百面相と異名を取るほどの
変装術が使われていません。
もと怪盗らしい手さばきで
証拠物件をかすめ取るような荒技も
登場しません。
至極真っ当な捜査と推理で
事件を解明していくのです。
この、変格的探偵に見せかけて実は
本格的である鮫島仙助の探偵像こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
竹中英太郎の挿絵が添える気味悪さ

そしていかにも青蛇の呪いのような
雰囲気を醸し出しているのが、
本作品の挿絵なのです。
描画はあの竹中英太郎。
昭和初期、乱歩や横溝の作品の挿絵を
担当した、おどろおどろしくも
耽美的な画風の作家です。
全35頁の短篇作品ながら、
10頁に挿絵6点が付されているという
贅沢さ。
うち4点は見開き頁にまたがっての
掲載であり、
昭和初期の探偵小説の雰囲気が
実によく再現されているのです。
この、竹中英太郎の挿絵が添える
気味悪さこそ、
本作品の(というよりも本書の)最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、本書は
ただのアンソロジーではありません。
挿絵を中心に編まれた「挿絵叢書」の中の
「竹中英太郎」第2巻です。
全篇に竹中英太郎の妖しげな挿絵が
満載された、
なんとも味わい深い一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2025.4.18)

〔追記〕
こんなに素敵な単行本なのですが、
表紙に誤植があるのが残念です。
大下宇陀児の「R燈台の悲劇」が
「R燈台台の悲劇」となっています。
表紙の段階で誤植があるとすれば
本文はいったい…、と
いささか不安になります。

〔「挿絵叢書 竹中英太郎(二)」〕
 序 浜田雄介
桐屋敷の殺人事件 横溝正史
火を吹く息 大泉黒石
渦巻 江戸川乱歩
青蛇の帯皮 森下雨村
芙蓉屋敷の秘密 横溝正史
魔人 大下宇陀児
地獄風景 江戸川乱歩
箪笥の中の囚人 橋本五郎
赤外線男 海野十三
R燈台の悲劇 大下宇陀児
 名探偵と「初出誌からわかること」
  末永昭二

〔皓星社「挿絵叢書」〕
現在、6冊が登場しています。
2016年から2018年まで
順調に刊行されたのですが、
それ以来音沙汰がありません。
あまり人気がなかったのでしょうか。

茂田井武(一)幻想・エキゾチカ (挿絵叢書)(単行本)
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「生ける死仮面」
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