「青い十字架」(チェスタトン)

最後まで冗談なのか本気なのかわからない

「青い十字架」
(チェスタトン/中村保男訳)
(「ブラウン神父の童心」)
 創元推理文庫

パリ警察のヴァランタンは、
怪盗フランボウ捕縛のために、
ロンドンへと向かう。
彼が偶然立ち寄った
レストランで、食卓の砂糖と塩が
入れ違っていた。
犯人はどうやら
二人連れの神父らしい。
怪しいと睨んだ彼は
二人を追跡するが…。

以前取り上げた
「奇妙な足音」等で知られる、
チェスタトンの生み出した
名探偵・ブラウン神父。
彼が華々しく(?)登場したデビュー作が
本作品「青い十字架」なのです。
名を与えられた登場人物は
たったの三名。
シンプルな構成ですが、
他に例を見ない面白さを持った
作品となっています。

〔主要登場人物〕
フランボウ

…怪盗。変装の名人。
 体格が良く、力も強い。
 力づくでの逃走を得意とする。
アリスティート・ヴァランタン
…パリ警視庁警視総監。
 フランボウ逮捕のために
 ロンドンを捜索中。
ブラウン神父
…イギリス・サセックス教区の
 カトリック神父。アマチュア探偵。
 丸顔で眼鏡を掛け、短躯。

本作品の味わいどころ①
犯罪?いたずらじゃないかこれは!

「奇妙な足音」でも登場していた
怪盗フランボウ。
そこではどんな犯罪を犯していたのか
詳細は記されていませんでした。
期待して読み始めると…、
「他人の家の戸口に置かれた
小さな牛乳罐を自分の得意先の戸口に
移しかえるという簡単な操作によって、
これら数千の客をまかなった」、
「一人の旅行者を罠にかけたいために、
わざわざ真夜中に、
一町内の番号を全部塗りかえた」…。
これが犯罪?
いやいや、単なるいたずらでしょう。
怪盗フランボウ?
これでは「愉快犯」に過ぎないでしょう。

そしてヴァランタンが遭遇した
怪しい二人連れの神父も、
やっていることといえば、
「レストランの塩と砂糖の入れ替え」
「壁を食べ物の汁で汚す」
「請求書よりも多い金額を払い、
その分窓ガラスを割る」
「青果店の店先の値札を入れ替える」…、
やはりいたずらなのです。

もしかしてブラウン神父シリーズは、
バーのヴァルモン・シリーズ同様、
ジョークが売り物か?
ところが最後まで読み進めると、
そこには意味があり、
つながりがあり、
ブラウン神父の探偵術として
成り立っているのです。
この、一見冗談としか思えない
「犯罪」の数々こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
追跡?神父の一方はブラウンでは?

砂糖と塩を入れ替えた犯人が
二人連れの神父らしいと聞きつけた
ヴァランタンは、
さっそく二人を追跡するのですが…、
神父姿ですからそれは
ブラウン神父に間違いありません。
作中のヴァランタンは、
まだブラウン神父の存在を
知らないのですが、
読み手には当然すぐわかります。
これはもしかしてヴァランタンが
間違えてブラウン神父を
捕縛するというオチが
待ち構えているのか?
そういえば探偵ヴァルモンも、
自信満々に逮捕した相手が
ホームズだったという
冗談ねらいの作品がありました。
本作品はやはりバーの二番煎じか?
ところが最後まで読み進めると、
やはりそこには意味があり、
つながりがあり、
ミステリの筋書きとして
成り立っているのです。
この、一見冗談としか思えない
「追跡」の行方こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
納得!とぼけた探偵ブラウン神父!

というわけで、
冗談のような展開は見事に収束され、
怪盗フランボウ逮捕にいたるのです。
ブラウン神父は最後まで
冗談なのか本気なのかわからない台詞を
調子よく吐き出します。
「どうしてあんたはあれを
 《驢馬の口笛》で
 引き留めなかったんです」
「そうか、あんたは《口笛吹き》に
 なるほどの悪人ではなかったのか」
「たとえ《あしぐろ》がついていても
 太刀打ちできなかったでしょうな」

一方のフランボウは、
「いったいなんの話をしているんだ?」
その疑問は読み手も同じです。
「驢馬の口笛」って何?
「口笛吹き」って何?
「あしぐろ」って何?

もしかしたらブラウン神父の
単なるはったり?
(自分はお前よりも犯罪学に詳しいぞ)
あるいは翻訳の中村保男が
うまく訳せずごまかした?
(失礼な!そんなことはないだろう)
いずれにしてもブラウン神父の
とぼけたキャラクターが鮮烈に
描かれていることは間違いありません。
この、とぼけた探偵ブラウン神父の
強烈なキャラクターこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

ドイルのホームズ・シリーズも面白い、
バーのヴァルモン・シリーズも面白い、
もちろんクリスティ
ポアロ・シリーズ、
ミス・マープル・シリーズも
面白いのですが、このチェスタトンの
ブラウン神父シリーズも
負けず劣らず面白いのです。
未読の方、ぜひご賞味あれ。

(2025.4.25)

〔「ブラウン神父の童心」チェスタトン〕
青い十字架
秘密の庭
奇妙な足音
飛ぶ星
見えない男
イズレイル・ガウの誉れ
狂った形
サラディン公の罪
神の鉄槌
アポロの眼
折れた剣
三つの兇器
 解説 戸川安宣

〔チェスタトン「ブラウン神父」〕
ブラウン神父シリーズは本書
「ブラウン神父の童心」を第一作とし、
以下4冊が刊行されています。

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