「ニュートリノの夢」(小柴昌俊)

本書のすべてが小柴昌俊の自叙伝

「ニュートリノの夢」(小柴昌俊)
 岩波ジュニア新書

一九八七年二月二三日。
地球から一六万光年も離れた
大マゼラン雲で、
超新星の爆発が観測されました。
星というのは変わらないものと
思われていますが、
生まれて成長して年をとって
死んでいくものです。
超新星は星が死ぬときの…。

難しい素粒子の話を
わかりやすく説明してくれるのだろうと
思って読み進めると、
期待は裏切られます。
本書は自然科学の入門書ではなく、
エッセイ、もしくは自叙伝です。
ノーベル賞物理学者の小柴昌俊が、
研究者としての自らの歩みを振り返り、
若い世代に対して基礎科学の重要性を
説いているのです。
難しい話はほとんどなく、
物語のような感覚で
読むことができるのが特徴です。
では、どんな物語か?

〔本書の構成〕
1 ニュートリノ観測に成功!
2 子ども時代と青春時代
3 研究者として歩みだす
4 朝永振一郎先生
5 カミオカンデをつくる
6 ノーベル賞と財団の夢

本書の味わいどころ①
文学か科学か適性探求物語

一つは、小柴自身が
科学者として歩むにいたった経緯が
語られている点です。
ノーベル賞を受賞するくらいの
天才ですから、一直線に物理学の道を
歩んできたのかと思いましたが、
そうではありませんでした。
小児マヒによる闘病生活と
右手に残った障碍、
それによる徴兵免除、
一高・東大進学と成績不振および
学費調達の困難など、
かなりの紆余曲折があったのでした。
そして軍人や音楽家、さらには
ドイツ文学の道へ進もうかという
迷いがあったというのですから
驚きです。
文学か科学か、この百八十度異なる
自らの適性の探求物語こそ、
本書の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本書の味わいどころ②
カミオカンデ不撓不屈物語

そして一つは、
物理学者の道へと歩を進めて以降の
困難が記されている点です。
やはり順風満帆などでは
なかったのです。特に
ノーベル物理学賞受賞の対象となった
ニュートリノの研究のための巨大設備
「カミオカンデ」の稼働までの道筋は
困難を極めていたのでした。
カミオカンデの原理を
思いつくまでの過程、
巨大な設備を建設するための
資金の調達、
アメリカの同様の実験施設に
対抗するための設計変更、
そのための技術開発に関わる
経緯などなど、
受賞裏話のレベルを超えて、
一つの物語として成立しています。
この不撓不屈の姿勢で研究に臨む
小柴博士の姿こそ、本書の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本書の味わいどころ③
ノーベル物理学賞受賞物語

それら二つを含めて、
本書のすべてが小柴昌俊の
自叙伝となっているのです。
子ども時代、学生時代、
そして研究者としての歩みは、
若い人たちのキャリアの学びに
おおいに役立つ話ばかりです。
また、先輩物理学者・朝永振一郎との
関係(物理学ではなく酒の師弟!)や、
多くの著名人との交流
(文学者・円地文子の名も!)など、
興味の尽きない話題が満載です。
このノーベル物理学賞受賞までの
ストーリーこそ、本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

以前から若い世代の
「理科離れ」が言われています。
教育現場にいる感覚からすれば
理科どころか「学習離れ」
「難しいこと離れ」の感があります。
学習は嫌い、難しいことも嫌い、
自分のやりたいことだけやる、
そんな子どもたちが激増しています。
自分の進むべき道は困難の先にあり、
やりたいことの先には
困難が待ち構えている。
そんな当たり前のことを知るための
教科書としても役立つ本書です。

それはともかく、
子ども向けの岩波ジュニア新書ですが、
大人が読んでも十分に感銘を受ける
良書です。
ぜひご賞味ください。

(2025.4.28)

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