「生きている腸」(海野十三)

生ける腸「チコ」は、ペットかモンスターか

「生きている腸」(海野十三)
(「怪奇探偵小説集続々」)双葉社

医学生・吹矢は
熊本博士を強請り、
かねてより所望していた
ヒトの大腸を入手する。
おそらくは
囚人から切除したばかりの
それを使い、
彼はある「実験」を行う。
やがてそれは、
培養液を必要としない、
大気中で「生きている腸」と
変貌し…。

「怪奇探偵小説集」という表題の
アンソロジーに収録されている
一篇ですが、
「探偵諸説」ではありません。
分類するとすれば、
「怪奇SF小説」でしょう。
「日本SF小説始祖の一人」といわれる
海野十三の短篇作品です。

〔主要登場人物〕
吹矢隆二

…医学部七年生。
 「生きている腸」に取りつかれる。
熊本博士
…○○刑務病院外科長。
 吹矢に何らかの弱みを握られ、
 服従させられている。
チコ
…「生きている腸」。吹矢が命名。

本作品の味わいどころ①
グロテスクな想像を誘う素材「腸」

医学生・吹矢が
刑務病院医学部長の熊本博士を脅して
入手したのは人間の「腸」。
切除したばかりで組織が生々しい、
まさに「生きている腸」。
深夜の刑務病院病棟内で行われた
非合法的な匂いのプンプンする
受け渡し場面と相まって、
おどろおどろしさ満点です。
彼はこれをいったい何に使うのか?
そしてこの腸は
いったい誰のものなのか?
さらにはどのようにして
摘出されたのか?
読み手の想像を刺戟して止みません。
この、グロテスクな想像を誘う素材
「腸」の描写こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
生ける腸はペットかモンスターか

吹矢の何やら謎めいた実験は成功し、
「腸」は培養液の中ではなく
空気中で生命活動を
維持できるようになるのです。
まさに「生ける腸」。
ところが物語中盤では
もはやおどろおどろしい雰囲気は
まったく消え失せています。
長さ1メートルの「生ける腸」は、
吹矢の部屋の中を
移動するまでになるという
奇妙な情景が展開していきます。

吹矢は「生ける腸」を、
まるでペットのように愛玩するのです。
「チコ」という、
令和の現代においては
コミカルなイメージを
呼び起こしてしまう
命名のせいもあるでしょう、
文字だけ追っていれば、
かなりほのぼのとした印象さえ
受けてしまいます。

その一方で、
「生ける腸」がもぞもぞと室内を徘徊し、
砂糖水をぺちゃぺちゃとすする情景を
リアルにイメージしてしまうと、
嘔吐を催しそうにもなります。

この、ペットのようでもあり
モンスターのようでもある
「生ける腸」の存在自体が、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
何かが起こる吹矢の一週間の空白

実験が一段落し、
「チコ」の生態が安定してきたところで、
吹矢は一週間、自宅を離れ、
遊蕩三昧にふけるのです。
もちろん最終場面の仕込みの段階です。
さて、吹矢が自室に戻ると
何が起きていたか?
これについては
ぜひ読んで確かめてくださいとしか
言いようがありません。
この、
危険を予感させる「一週間の空白」と、
そこからなだれ込むようにはじまる
悲劇のフィナーレこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

読み終えたあとも
想像は刺激され続けます。
「チコ」はあの後
いったいどうなったのだろう?と。
現代であれば、CGをふんだんに使って
映像化も可能な作品です。
いやいや、読んで想像するからこその
作品なのかもしれません。
読後感が良いとは決していえない
作品ですが、ぜひご賞味ください。

(2025.5.16)

〔青空文庫〕
「生きている腸」(海野十三)

〔双葉社「怪奇探偵小説集」〕

〔「怪奇探偵小説集続々」双葉社〕
双生児 江戸川乱歩
双生児 横溝正史
踊り子殺しの哀愁 左頭玄馬
皺の手 木々高太郎
抱茗荷の説 山本禾太郎
怪船「人魚号」 高橋鐵
生きている腸 海野十三
呪われたヴァイオリン 伊豆実
天人飛ぶ 朝山蜻一
くすり指 今日泊亜蘭
壁の中の女 狩久
呪われた沼 南桃平
墓地 小滝光郎
マグノリア 香山滋
死霊 宮林太郎
 解説 鮎川哲也

MD.ABDULLAH AL-AMIRによるPixabayからの画像

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