
シンプルでリアルな悪魔の契約、しかし…
「瓶の妖鬼」
(スティーブンスン/中村徳三郎訳)
(「南海千一夜物語」)岩波文庫
「その硝子は地獄の火で
燒きがいれられてあり、
中に小鬼が住んでいるんです。
この瓶を買うと、小鬼は
その人の言う通りにするのです。
その人の欲しいと思う物は
何でも、戀愛でも、名聲でも、
金錢でも、こういう家でも、
そうです」…。
何でもかなえてくれる魔法の瓶。
しかし中にいるのは
どうやら悪魔(小鬼)。
それ相応の代償が
あるに決まっています。
さて、瓶の所有者は
いったいどうなるのか?
「宝島」「ジキルとハイド」で有名な
スティーブンスンが、
南洋サモアで執筆した
「南海千一夜物語」(三話構成)の
第二話です。
〔主要登場人物〕
ケアウェ
…ハワイに住んでいる男。
鬼の住む瓶を手に入れる。
ロパカ
…ケアウェの友人。船乗り。
ケアウェから瓶を譲り受ける。
コクア
…ケアウェが一目惚れした娘。
ケアウェと結婚する。
本作品の味わいどころ①
シンプルでリアルな悪魔の契約
瓶の小鬼の「ルール」はいたって
シンプルでわかりやすいものです。
①瓶の持ち主(瓶を買い入れた者)の
願いを何でも叶えてくれる。
②瓶を所有したまま命を終えた者は、
永久に地獄の火で焼かれる。
③転売する場合は、元値より
安い値段でなければならない。
つまり、十分に願いを叶えたあとに
転売してしまえば
死後の憂いもないという、誰しもが
誘惑に駆られそうな条件なのです。
しかし問題になるのが実は③なのです。
ここから筋書きが広がっていきます。
この、シンプルでリアルな
悪魔の契約が繰り広げる展開こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
だれでも考えつく方法、しかし
その、だれでも考えつく方法を、
ケアウェも実行するのです。
瓶の先の所有者が住んでいた家が
気に入ってしまった彼は、
見事にそれを手にいれることに成功、
その後、すみやかに
友人・ロパカに売却し、
計画は成功したかに見えるのですが…、
事態は思わぬ方向へと転がります。
それは、「コクアに一目惚れしたこと」、
そして「不治の病を得てしまったこと」が
原因となるのです。
なんと彼は再び瓶を買い戻します。
しかしそのときすでに
転売が繰り返され、
瓶の値段は最少額の1セントに。
それを買い入れればもはや他に
売り渡すことはできなくなるのです。
彼はなぜ地獄に落ちる覚悟で
瓶を買い戻す気になったのか?
だれでも考えつく方法に
飛びついてしまったケアウェの
その後の運命こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
結末はハッピーそれともバッド
その結果、彼の運命は二転三転します。
幸せと不幸の間を
彼は行き来するのですが、
その結末はどちらへたどり着くのか?
ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
この、ハッピー・エンドか
バッド・エンドかわからない筋書きこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
限りない人間の欲望と、
わが身を犠牲にして愛する者を
守ろうとする人間の深い愛情の、
その両方が描かれている
素敵な作品となっています。
ストーリーテラー、スティーブンスンの
面目躍如たる一作です。
ぜひご賞味あれ。
(2025.5.28)
〔「南海千一夜物語」〕
ファレサアの濱
瓶の妖鬼
聲のする島

〔本作品の訳文について〕
作品をお薦めしておいて
このようなことを書くのは
ある意味、間違っているのですが、
文章があまりにもわかりにくく、
「スティーブンスンの作品を読みたい」と
思う方でないと
楽しめないかもしれません。
一つは翻訳のスタイルが古いこと
(したがって誤訳もある可能性がある)、
一つは日本語の言い回しが古いこと、
一つは旧字体の漢字が
多数使用されていること、
などが原因です。
1950年出版ですから
しかたがないのですが。
日本語訳は本書以外には
存在しないようです。
光文社古典新訳文庫あたりから
新訳がでることを
期待したいと思います。
それにしても岩波書店は、
重版・復刊はときどきするのですが、
改版はほとんどありません。
本書にしても、
漢字仮名遣い版組を変更すれば、
現代でもある程度、
通用すると思うのですが…、
そうできない理由があるのでしょうね。
〔スティーブンスンの本はいかが〕
〔関連記事:イギリス文学〕




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