
擬態して周囲と同化する力=消滅(ディスパリション)
「オノレ・シュブラックの失踪」
(アポリネール/菅野昭正訳)
(「集英社ギャラリー世界の文学8」)
集英社
綿密きわまる
捜査にもかかわらず、警察は、
オノレ・シュブラックの
失踪の謎を
解明するにいたらなかった。
彼は私の友人であり、それに私は
事件の真相を知ってもいたので、
ことの次第を
裁判所に知らせるのが
私の義務だと考えた…。
文学全集など、
今は流行らなくなりましたが、
こうした全集には、あまり有名でない
作家の作品も収録されています。
それが全集を読む楽しみとなります。
アポリネールの本作品も
そうした一つです。
さて、オノレ・シュブラックの失踪の
真相とは何か?
〔主要登場人物〕
「私」
…語り手。友人の失踪事件の
真相について記す。
オノレ・シュブラック
…「私」の友人。
擬態して周囲と同化する能力を持つ。
「男」
…オノレ・シュブラックの命を狙う男。
かつて妻をオノレに
寝取られた恨みを持つ。
本作品の味わいどころ①
特殊能力は人間を魅了する
ここ数十年の日本の少年マンガは
「特殊能力」ブームといえるでしょう。
「ジョジョの奇妙な冒険」しかり
「ワンピース」しかり
「僕のヒーローアカデミア」しかり。
挙げていけばきりがありません。
なぜ「特殊能力」マンガが売れるのか?
それは誰しもが特殊能力に
憧れるからに違いありません。
特殊能力は人を魅了するのです。
本作品の主人公である
オノレ・シュブラックもまた
そうした特殊能力を持つ人間であり、
まるで「特殊能力」少年マンガの
主人公の先駆けのような雰囲気を
醸し出しています。
「擬態して周囲と同化する力
=消滅(ディスパリション)」の能力者、
などと表記すると、
ますますマンガチックです。
語り手の「私」もまた、
オノレのその能力に憧れるのです。
「私」は自らにもその能力が
発現しないか試みるのですが、
もちろん徒労に終わります。
人を魅了する「特殊能力」の在り方を
愉しむことこそが、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
特殊能力は喜劇を生み出す
しかしオノレの能力は、
マンガの主人公のように
ロマンチックなものではありません。
喜劇というしかないものです。
オノレがその能力を発揮するためには、
当然素っ裸になるしかないのです。
そのまま壁に擬態しても
衣服だけが浮かび上がるからです。
そのために彼は
「夏も冬も、
袖口のひろい外套を着ているだけ、
脚は部屋履きを
はいているだけだった」。
それ以上のことは
書かれていないのですが、
素っ裸の上に外套と部屋履きのみの
格好であれば、
ただの変質者に過ぎません。
この、特殊能力が生み出す喜劇こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
特殊能力は悲劇を呼び込む
オノレはなぜそのような
変質者的格好をしてまで
その能力にこだわるのか?
命を狙われているからなのです。
もともとその能力は、
かつて間男をしてしまった際、
その現場を相手の亭主に踏み込まれ、
銃を発射されたことがあったのです。
彼はそのときに能力を発現させ、
見事に窮地を切り抜けましたが、
それ以降もその男に
命をつけ狙われているため、
いつでもその能力を
使えるようにする必要があったのです。
しかしその能力を持ってしても、
悲劇は避けられませんでした。
いや、もっと大きな悲劇が
待ち構えていたのです。
文字どおりの
「消滅(ディスパリション)」。
何が起きたか?
ぜひ読んで確かめていただきたいと
思います。
この、特殊能力が呼び込んだ悲劇と、
人間存在に関わる主題こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
こちらは「壁に擬態する男」ですが、
本書「集英社ギャラリー第8巻」には
エーメの「壁をぬける男」も
収録されており、
そちらも悲劇で幕を閉じます。
比較して読めば、
一層味わいが深くなります。
ぜひご賞味ください。
※それにしても
壁に擬態する能力を使えば、
あんなこともこんなことも
できそうなのですが…。
読み手のそうした想像力を
刺激するのが「特殊能力」の
楽しいところなのでしょう。
(2025.6.4)
〔「集英社ギャラリー世界の文学8」〕
スワンの家の方へ プルースト
贋金つかい ジッド
テレーズ・デスケルー モーリヤック
王道 マルロー
夜間飛行 サン=テグジュペリ
ヒルデスハイムの薔薇 アポリネール
オノレ・シュブラックの失踪
アポリネール
包丁 ラルボー
ドニーズ ラディゲ
愛の島 ラディゲ
アフリカ秘話 マルタン・デュ・ガール
マルセーユの幻影 コクトー
壁をぬける男 エーメ
〔関連記事:フランス文学〕




【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】