「蝙蝠男」(横溝正史)

ホームドラマから一転、エロ系ミステリへ

「蝙蝠男」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫
(「青蜥蜴」)双葉社

受験のために
深夜まで勉強していた由紀子は、
偶然にも部屋の窓から
向かいのアパートで起きた
殺人事件を目撃してしまう。
カーテンに写った犯人の影は、
シルクハットに
インバネスをまとっていて、
あたかも
蝙蝠男のように見えた…。

横溝正史金田一耕助ものの一作です。
シリーズ最後期の
昭和39年に発表された本作品、
これまでとは異なる味わいの短篇です。

【事件簿File-075「蝙蝠男」】
〔依頼人〕
該当なし
※警察への捜査協力
〔捜査関係者〕
田畑警部補…表町署捜査主任。
波川警部補…碑文谷署捜査主任。
新井刑事服部刑事…警視庁刑事。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
原田由紀子
…高校3年生。受験勉強の最中、
 偶然にも向かいのアパート日月荘の
 殺人事件を目撃してしまう。
原田裕吉
…由紀子の父親。
 由紀子とともに金田一を訪れる。
原田美枝子
…由紀子の母親。
リリー梅本
…殺害された女性。ストリッパー。
坂崎卓造
…赤坂のクラブ・ローズマリーの支配人。
 かつてリリー梅本と関係していた。
波野圭市吉野隆吉
…リリー梅本のパトロン。
白井克子
…事件のあったアパート日月荘の住人。
 事件について証言をする。
〔事件の発生〕
昭和39年2月(東京)
〔事件の概要〕
①事件発生 2月18日午前1時
・由紀子、アパート日月荘の
 窓のカーテンに、
 殺人らしき状況が映った影を目撃。
②死体発見 2月19日午後3時
・赤坂のクラブ・ローズマリーにて
 トランクからリリー梅本の死体発見。
・トランクは日月荘から
 ローズマリーへ運ばれたことが判明。
③由紀子証言 2月23日
・由紀子、父親とともに金田一を訪問、
 事件の目撃証言。
④犯人逮捕 2月25日

本作品の味わいどころ①
ホームドラマから一転、
エロ系ミステリへ

前半部分の主人公は大学受験を控えた
高校三年生・原田由紀子。
ふとしたことから向かいのアパートの
殺人事件を目撃し(といっても
カーテンごしの影絵として)、
思い悩むのです。
心配する家族の姿も描かれ、この部分
(全40頁中の17頁)だけ読めば
ミステリというよりも
青春物語かホームドラマです。
ところが中盤を過ぎて
警視庁の等々力警部を
金田一耕助が訪ねると、
あとはいつもの金田一東京ものの
雰囲気へと戻るのです。

金田一の東京ものといえばエログロ系。
短篇であるためか
「グロ」の要素は割愛され、
三人もの愛人を持つストリッパーが
殺害されたという「エロ」の背景だけが
前面に押し出されます。
このホームドラマから一転して
エロ系ミステリへと急展開する
筋書きこそ、
本作品の特徴であるとともに
第一の味わいどころとなるのです。
しっかりと味わいましょう。

おそらく横溝は
本作品を書きはじめたあたりでは、
この由紀子を主役級にすえた作品を
構想していたのではないかと
推測されます。
ジュヴナイルでは少女の活躍する作品を
いくつか残した横溝ですが、
金田一ものでは
「死仮面」(女子高生・白井澄子)、そして
「車井戸はなぜ軋る」
(病弱な少女・本位田鶴代)が
あるだけです。
いや、それまでの
日本のミステリにおいて、
少女が活躍する作品など
皆無だったのです。
本作品はもしかしたら
「死仮面」「車井戸」に続く三作目の
美少女探偵の活躍作品となった
可能性があるのではないか…、
そんな想像(妄想)を膨らませてくれる
作品なのです。

「死仮面」
「車井戸はなぜ軋る」

本作品の味わいどころ②
迷宮入り寸前から一転、
超スピード解決へ

ストリッパーが殺害された事件は、
そのパトロン三人
すべてにアリバイが成立し、
捜査は暗礁に乗り上げます。
そこへ美少女探偵・原田由紀子が現れ
事件を解決…、とはいきませんが、
彼女は事件の夜に目撃した内容を、
正確に金田一に証言するのです。
その結果、
39頁目まで謎に包まれていた事件は、
最後の1頁で高速解決します。
この迷宮入り寸前状態から一転して
超スピード解決にいたる筋書きこそ、
本作品の特徴であるとともに
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
蝙蝠男金田一から一転、
優しい小父さんへ

本作品の表題「蝙蝠男」から
連想されるのは、
金田一シリーズ初期作品
「蝙蝠と蛞蝓」です。
事件発生順でいえば6作目にあたる
「蝙蝠と蛞蝓」。
そこでは金田一は何と
作品の語り手・湯浅順平から
「蝙蝠男」と揶揄されているのです。

「蝙蝠と蛞蝓」

さてはまた金田一が阿呆な男から
「蝙蝠男」呼ばわりされる
作品かと思えば、
まったく違います。
表題「蝙蝠男」は由紀子が
影絵として見た殺人犯を
表現したものなのです。

本作品における金田一の描かれ方は
かっこ良すぎです。
由紀子に対しての接し方は
終始優しい小父さん。
事件解決後には
由紀子の大学合格祝いとして
「立派な腕時計」を贈呈、
詳細を明かさずイニシャルK・Kのみ
記すという気の利きよう。
本作品は事件順では77作品中の75番目。
若かりし日の「蝙蝠男」金田一耕助は、
その作品晩年では
「優しい小父さん」として
悪者「蝙蝠男」をやっつけるという
変貌を遂げていたのです。
この金田一の人物像の磨かれ方こそ
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

金田一耕助の事件簿

こうした他作品にはない特色を持った
本作品ですが、
瑕もいくつか散見されます。
最大の問題は、
犯人が由紀子に目撃されることを
計算に入れて犯行に及んだのに対し、
由紀子の目撃は偶然に過ぎない上、
目撃後の行動も
予測不能であるという点でしょう。
由紀子の行動には
以下のような可能性が考えられます。
①窓を開けず目撃しなかった
②目撃し、すぐ警察に通報した
③目撃したものの誰にも話さなかった
④目撃し、後日警察に通報した
⑤目撃し、金田一に伝えた
 (⑤が本作品の筋書き)
このように、
本作品の筋書きとなる以外に、
これだけの可能性が想定されるのです。

④こそが犯人にとって
最も望ましい由紀子の行動です。
①③であれば犯人の小細工は
まったく意味をなしません。
②は「やぶ蛇」のような結果となり、
犯人にとっては最悪です。
⑤もまた金田一にかかれば
見破られる可能性大(結果として
そうなった)なのです。

いやいや、
それも含めて愛すべき作品なのです。
噛みしめるようにして味わいましょう。

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