
乞食道を精進する、師弟二人。
「神様、お慈悲を!」
(リール/山崎恒裕訳)
(「百年文庫093 転」)ポプラ社
大聖堂の南玄関の
一等地をあてがわれ、
許可書まで手に入れている
物乞いのハンス。
老境にさしかかった彼は、
同業の若者・ファイトに
豊かな乞食の才能を見出す。
彼はファイトを
我が子のように愛し、
秘策や奥義を伝授していくが…。
名前が与えられている登場人物
(歴史上の実在人物をのぞく)は、
以下に示す二人のみです。
その二人が、師弟のように結ばれて、
乞食道を精進する。
もしかしてコメディかと思い
読み始めましたが、真面目な文学です。
しかも色々考えさせられます。
さらに感動させられます。
不思議な、いや、素敵な文学作品と
出会うことができました。
〔主要登場人物〕
ハンス
…老境にさしかかった乞食。
同業者の中でもっとも地位が高い。
乞食という生き方に
誇りを持っている。
ファイト・ロルフ
…若い乞食。
ペスト禍に病院の看護人の
ボランティアを志願し、
そのまま執事として雇用される。
本作品の味わいどころ①
乞食を極めようとする二人
もしかして一般的に考えられている
「乞食」という概念が
正しいものではなかった
可能性もあります。
ハンスとファイトは
「乞食」という生き方に
誇りを持っています。
特にハンスの言動や姿勢からは、
「乞食道」を
きわめようとしているかのような
強いエネルギーを感じてしまいます。
調べてみないと
確かなことはいえないのですが、
文中から読み取る限り、
この時代(十六世紀前半)には、
許可書を得た正式の乞食と、
無許可の「もぐり」の者と、
区別されていたと考えられます。また、
営業場所(というべきかどうか…)も
割り当てがあり、それによって
格式が決まってくるような形が
整えられていたと考えられます。
ほぼ「職業」の一つと考えられていた
可能性があるのです。
そうしたことを踏まえて
二人の生き方を捉えたとき、本作品は、
コメディなどではなく、
一つの道を極めようとする
師弟の物語としての姿を
現してくるのです。
この、乞食道を極めようとする
ハンスとファイトの二人の生き方こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
一芸秀でる者は多芸に通ず
しかし二人に転機が訪れます。
舞台となっているアウクスブルクにも
宗教改革の嵐が押し寄せ、
カトリック派が追い出され、
ルター派へと置き換わります。
それによって僧侶のみならず乞食もまた
同じように排斥されていったのです。
さらに押し寄せたのはペストの猛威。
二人はどう生きるのか?
詳しくは
読んで確かめていただくものとして、
若いファイトは時代に絶望し、
投げやりな気持ちから飛び込んだ世界で
別の才能を発揮させるのです。
一芸秀でる者は多芸に通ず。
混沌とした時代の中で
ファイトのたどり着いた生き方こそが、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
乞食道に復活できるか否か
乞食であることをやめ、
一般市民としての生活に馴染んだ
ハンスの心を、
運命は再び揺さぶりかけます。
一つはカトリック派の帰還です。
大聖堂の南玄関に返り咲いたハンスに、
乞食であることを捨てたファイトは
無視されるのです。
そしてもう一つはファイトの初恋です。
乞食の娘を
ファイトは見初めるのですが、
彼はまったく彼女の視界に
入ってはいなかったのです。
最も認めて欲しいと願った二人に
認められなかったどころか、
無視されてしまったファイト。
当然、一般市民としての生き方に、
彼は疑問を持つのです。
ファイトは乞食道に戻るのか、
いや、戻れるのか?
この、最後の感動へとつながる
ファイトの運命の変転こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
世の中にはまだまだ
こんな面白い作品があり、
作家がいたのか!
本の海の広さと深さに
改めて驚いた次第です。
作者ウィルヘルム・ハインリヒ・リールは
1823年生まれのドイツの小説家です。
しかし本業は
ジャーナリストと民俗学者であり、
小説執筆は余技のようです。
他作品を検索しましたが、
国内流通を確認できません。
本作品以外、まだ邦訳されていない
可能性があります。
まずは本作品を
噛みしめるように味わいましょう。
(2025.6.18)
〔「百年文庫093 転」〕
黒い小屋 コリンズ
割符帳 アラルコン
神様、お慈悲を! リール
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