「ライジーア」(ポー)

それは「真」か「偽」か?「信頼できない語り手」の「わたし」

「ライジーア」(ポー/巽孝之訳)
(「黒猫・アッシャー家の崩壊」)
 新潮文庫

才色兼備の妻・ライジーア。
病を得た彼女は、
「人間は天使にも死神にも
惨敗することはない、
おのれの意志の弱さに因る
場合以外は」という言葉を残し、
息絶える。
悲しみに打ちひしがれた
「わたし」は、放浪の末、
やがて再婚するが…。

ポーの短編作品であり、本書収録の
「黒猫」「アッシャー家の崩壊」と同様、
ゴシック小説の一品です。
すでに古典作品となっていますので、
ネタバレはかまわないでしょう。
美女再生小説とでもいうべき
内容となっています。
さすがポーです。
そのおどろおどろしさは、
比類のないものとなっています。
味わいどころはわずか三人ばかりの
登場人物そのものです。

〔主要登場人物〕
ライジーア

…漆黒の髪を持つ背の高い美女。
 学識が深く強い意志を持つ。
 病にて死亡。
「わたし」
…語り手。阿片常習者。
 妻・ライジーアの死に絶望し、
 放浪する。
ロウィーナ・トレヴァニオン
…「わたし」の再婚した女性。金髪碧眼。

本作品の味わいどころ①
強烈な印象で描かれるライジーア

表題にもなっている先妻ライジーア。
作品前半部はこのライジーアについて、
濃密な表現で描かれています。
何が描かれているか?
彼女のその容姿の美しさです。
額の高貴さについて、
鼻・口・歯・輪郭の見事さについて、
そしてひとみの奥ゆかしさについて、
文庫本にして四頁、
延々と語っているのです。
次には彼女の教養の豊かさについて、
二頁弱を費やして記されているのです。
ライジーア。
いかに美しく、
いかに気品に溢れていたか。
この、
賛美の限りを尽くしたような
表現で語られる才色兼備な女性・
ライジーアの強烈な印象こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

ところが、
「いまとなってはどうにも思い出せない」
からはじまる冒頭部が、
何やら不穏な雰囲気をかき立てます。
彼女の姿は鮮明に描かれているものの、
彼女の生きた背景は
まったく説明されてはいないのです。
まるで真っ白な背景に、
ライジーアの壮絶な姿が
色濃く表現されている状態なのです。

本作品の味わいどころ②
実在感の薄く描かれるロウィーナ

それに比して、
新妻ロウィーナの姿については、
ほとんど記されていません。
「金髪碧眼」の形容があるのみです。
彼女の記述がない代わりに、
花嫁の部屋について
詳細に描かれているのです。
一言で言えば「幻想的装飾」ですが、
その具体的記述は
二頁以上にわたっています。
背景が強烈すぎて、
ロウィーナは白くかすみ、
何かの残像のように
浮かび上がっているだけなのです。
この、
意図的にその実在感を薄めさせて
描かれた新妻・ロウィーナの
朧気な輪郭こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
「信頼できない語り手」の「わたし」

そのロウィーナも
わずか新婚二ヶ月で病に伏し、
その命を散らしてしまうのです。
いや、それだけでなく、
その姿は前妻・ライジーアの
それに取って代わられるのです。
鮮烈な容姿が描かれている代わりに
背景がまったく描かれていない
ライジーア。
絢爛たる住処の描写をもちながら
その姿に鮮明さを欠くロウィーナ。
ライジーアが死にゆくロウィーナの
身体を借りて再生したとすれば、
それは実体が背景をもった、もしくは
背景が実体を得たという
形になるのです。
ぽかんと人の形をしたまま空いた
ロウィーナという空間に、
ライジーアが最後のピースを
はめ込むように立ち現れ、
物語は幕を閉じるのです。

しかし問題となるのは、
それが実際に起きたか否かです。
なぜなら本作品は語り手「わたし」による
一人称の告白体で綴られていて、
その「わたし」なるものは
阿片中毒で現実と幻覚の
区別がつかない状態なのです。
「わたし」の語ることは
まったく信用できません。
そうなると
いろいろな可能性が考えられます。

回復しかけたロウィーナが口にした
ワインに、目に見えぬ何かが
「深紅のしずく」を数滴たらしたのち、
彼女の病状が急変します。
その場面などは、
「わたし」自身が彼女を毒殺したと
とらえることも可能となるのです。
はたして美女再生物語を通して
作者ポーが
描きたかったことは何なのか?
この、
「信頼できない語り手」である「わたし」の
供述する世界の、
どこまでが「真」で
どこからが「偽」なのかを
思考することこそが、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、作者ポー自身は1833年、
従妹のヴァージニア・クレムと
結婚していますが、
このときヴァージニアは
まだ13歳と1ヶ月
(年齢を21歳とごまかして届け出る)。
12歳の女の子に求婚し、
時間をかけて説得の末の結婚です。
ポーは一体
どのような女性観を持っていたのか?
本作品も理解が難しいのですが、
ポーの一生も不可解なことだらけです。
いや、ポーの理解の前に、
まずは本作品をご賞味ください。

(2025.6.27)

〔「黒猫・アッシャー家の崩壊」〕
黒猫
赤き死の仮面
ライジーア
落とし穴と振り子
ウィリアム・ウィルソン
アッシャー家の崩壊

〔ポーの文庫本はいかがですか〕
近年、新訳が登場しています。
新訳といえば、
光文社古典新訳文庫です。

角川文庫からの全3冊のポー作品集も
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名文の誉れ高い丸谷才一訳も
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