
いったい何が変わって何が変わらなかったのだろう
「豊かさとは何か」(暉峻淑子)
岩波新書
豊かさが必然的にもたらすはずの
落ちついた安堵の情感や
人生を味わうゆとりは、
どこへいってしまったのだろう。
本能的に自然に湧き出るはずの
他者への思いやりや共感などは、
日本の社会から
日に日に姿を消していくように
思え…。
新書本については
あまり再読をしないのですが、
本書については購入から
七、八年ぐらいごとに再読、
今回ですでに四度目となります。
読むたびに、
本書が刊行された1989年から
いったい何が変わって
何が変わらなかったのだろうと、
考えてしまいます。
実はそれこそが
本書の味わいどころに直結します。
「豊かさ」という観点から、
バブル絶頂期にあった金満日本の社会の
問題点を鋭く指摘した本書
「豊かさとは何か」。
刊行から36年経過しても、
いまだに著者の主張は
鮮明さを欠いていません。
〔本書の構成〕
一 金持ちの国・日本
二 西ドイツから日本を見る
三 豊かなのか貧しいのか
四 ゆとりをいけにえにした豊かさ
五 貧しい労働の果実
六 豊かさとは何か
あとがき
本書の味わいどころ①
三十六年で改善されたもの
本書が刊行されてから
今年(2025年)で36年となります。
時代はそれなりに変化しました。
本書で指摘されている
日本社会の問題点については、
改善されたものも
いくつか見当たります。
一つは長時間労働の問題でしょう。
特に製造業などは
労働時間が厳しく管理され、
ルールが浸透してきたように
思われます。
いまだに長時間のサービス残業が
横行しているのは
教育や保育の世界だけのような
感があります。
労働時間削減の結果、
男女雇用機会均等法の趣旨としての
男女差別の解消は、ある程度は
達成されてきたといえるでしょう
(女性の賃金差別や管理職登用など
まだ問題は山積しているのですが)。
また、「画一的な教育」についても
大きく改善されていると感じます。
「受験競争の過熱」も、
低年齢化はあるにせよ、緩やかに
なってきたのではないでしょうか。
こうした36年間で改善された
日本社会の在り方を
再点検することこそが、
本書の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本書の味わいどころ②
三十六年で変わらないもの
その一方で、
変わらないものや
さらに悪化している状況も
見えてくるのです。
例えば「住宅事情」。
悪化の一途をたどっています
(格差が大きくなったというべきか)。
本書で指摘されている、
土地利用についての政治の無策、
社会資本であるべき土地が
経済原理に組み込まれて
高騰を続ける現状の放置、
東京一極集中の問題等々を
現代と照らし合わせたとき、
暗澹たる気持ちにさせられます。
こうした36年が経過しながら
一向に改善されない
日本社会の病巣の深さを
実感することこそが、本書の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本書の味わいどころ③
「豊かさ」として求めるもの
1990年代以来、日本では
労働者の賃金は一向に上がらず、
もはや日本は
本書で述べられているような
「裕福な国」ではなくなり、
「貧しい国」になりつつあります。
では、カネもモノも満たされなくなった
「貧しい」状態で、
現代を生きる私たちは
何を「豊かさ」として追い求めるべきか?
その手掛かりは
本書にいくつも記されています。
ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
この、「豊かさ」として求めるものを
考えることこそ、本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
「木の葉が落ちて
バクテリアに分解され、
土壌を豊かにするように、
小鳥が木の実を食べたり、
土中に蓄えたりすることによって、
結果的に植林しているように、
多くの種は、
依存しあいながら生きている。
人間もまた、相互に依存しあい、
連帯しあいながら、
社会の中に根を下ろし、
労働や対人関係や
自然との交流の中から、
養分を吸収し、自分自身も
社会にいくばくかのものを還元して、
植物のように生の循環をくり返す。
その循環の環は、
いくつもの他者の循環の環と
からみ合い連帯しあうことによって、
豊かなのである」。
この一節だけは、
私は百回以上読み返しました。
読む度に多くのことを
気づかせてくれる良書です。
本書は刊行後36年が経過した今なお
紙書籍が流通し、
電子書籍化もされている、
もはや名著と言っていい存在です。
ぜひご賞味ください。
(2025.7.7)
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