「聲のする島」(スティーブンスン)

強大な魔法使い、怠け者の青年、そして健気な娘。

「聲のする島」
(スティーブンスン/中村徳三郎訳)
(「南海千一夜物語」)岩波文庫

ケオラの舅・
カラマケは魔法使いであり、
貝殻を新品の銀貨に
変えてしまうのだった。
二人は夜の海を船で渡るが、
ケオラの邪な心を見抜いていた
カラマケは、
ケオラを海に投げ捨てる。
運良くケオラは通りかかった船に
救出されるが…。

スティーブンスン
「南海千一夜物語」の第三作です。
舞台は南洋ハワイのモロカイ島
(実在します)。
第一作「ファレサアの濱」では
妖術まがいの手品でしたが、
第二作「瓶の妖鬼」では
魔法の瓶が登場しました。
この第三作では魔法使いが現れます。

〔主要登場人物〕
カラマケ

…ハワイ王國モロカイ島の予言者で
 魔法使い。ある島の浜辺の
 貝殻を使って銀貨を生み出す。
レフア…カラマケの娘。
ケオラ…怠け者。レフアと結婚する。

本作品の味わいどころ①
魔法使いカラマケは正か邪か

この魔法使い、その力は強大です。
呪文で他人を殺害したり
神隠しにしたりは簡単にできるのです。
一っ飛びで山から山を飛び回ったり、
身体を巨大化して海を渡ったり、
もはやできないことは
ないのではないかと思われるような
魔法使いなのです。

問題はこのカラマケが善良な性格なのか
それとも邪悪な存在なのか
わからないということです。
権力には無関心、
財産も必要以上に追い求めない一方、
刃向かうものは暗殺さえいとわない。
娘婿のケオラに対しても、
微塵もその存在を気にしていません。
魔法使いの後継者にすると偽って、
彼をサメのいる海へ連れて行き、
置き去りにします
(自身は巨大化して海を歩いて進む!)。
この、存在感強烈な魔法使いの
正邪を見極めることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
怠け者ケオラは救われるのか

どことなく悪役的な匂いのする
カラマケですが、
それに対するケオラが
純真な青年かというと、
決してそうではありません。
怠け者であり、自信過剰であり、
妻に止められたにもかかわらず、
カラマケをうまく操れると
勘違いするあたりは、かなり愚かです。

しかしそこは主人公。
カラマケから殺されかけても
運良く通りかかったスクーナー船に
救出されます。
しかし彼は船が到着した島で脱走、
単独の生活を開始します。

このケオラも性格がつかめません。
怠け者かと思えば島での単独生活を
器用にこなしています。
根はいい青年かと思えば
妻レフアの存在を忘れ、
島民の娘と結ばれます
(重婚がこんなに簡単に描かれて
いいのか?という問題が生じます)。
軽薄な男かと思えば、
娘をいたって大切にしています。
さて、終末においてケオラは
島民と魔法使いたち
(カラマケ以外にもいた!)の両方から
命を狙われます。
この、怠け者ケオラは
救われるのか否かを見極めることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
レフアはどのような役回りか

名前を与えられている
もう一人のレフア。
前半部分は存在感が薄く、
途中からは登場せず、
しかしながら終末において再登場、
存在感を発揮します。
彼女はどのような役回りを演じるのか?
それを見極めるとともに、
筋書きはどのように収束するかを
楽しむことこそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

魔法使いも万能ではないようで、
銀貨を生み出すには、ある特定の島
(ケオラが流れ着いた島)で
特殊な貝殻を
採取する必要があるのでした。
魔法使いは姿を消して
(姿は消せるが声はそのまま)
その作業をするため、
島民からは精霊の声が聞こえるように
感じられるのです。
表題「聲のする島」は
そこからきています。

それにしても
エンターテインメント性の高い
作品です。さすがスティーブンスン。
「宝島」「ジキルとハイド」だけでは
ありません。
西サモアで書き上げた
リアルな夢物語となっている本作品を、
ぜひご賞味ください。

(2025.7.25)

〔「南海千一夜物語」〕
ファレサアの濱
瓶の妖鬼
聲のする島

「ファレサアの濱」
「瓶の妖鬼」

〔本作品の訳文について〕
作品をお薦めしておいて
このようなことを書くのは
ある意味、間違っているのですが、
文章があまりにもわかりにくく、
「スティーブンスンの作品を読みたい」と
思う方でないと
楽しめないかもしれません。
一つは翻訳のスタイルが古いこと
(したがって誤訳もある可能性がある)、
一つは日本語の言い回しが古いこと、
一つは旧字体の漢字が
多数使用されていること、
などが原因です。
1950年出版ですから
しかたがないのですが。
日本語訳は本書以外には
存在しないようです。
光文社古典新訳文庫あたりから
新訳がでることを
期待したいと思います。
それにしても岩波書店は、
重版・復刊はときどきするのですが、
改版はほとんどありません。
本書にしても、
漢字仮名遣い版組を変更すれば、
現代でもある程度、
通用すると思うのですが…、
そうできない理由があるのでしょうね。

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