
作品構成そのものが「トリック」となる革新的スタイル
「アクロイド殺し」
(クリスティ/羽田詩津子訳)
ハヤカワ文庫
義子・ラルフによる犯行かと
思われたアクロイド氏殺害事件。
「わたし」を含めた関係者の誰もが
ラルフの無実を信じていたが、
明らかになってくる状況は
彼が犯人であることを
示していた。
ところが「わたし」の隣人が
あのポアロであり…。
クリスティ作品を地道に読んでいます。
これでようやく11冊目です。
本作品「アクロイド殺し」は
ポアロ・シリーズの第三作目であり、
それまでのミステリの常識を覆す、
掟破りの一作となっています。
〔主要登場人物〕
「わたし」(ジェームズ・シェパード)
…語り手。医師。
ポアロとともに事件捜査に関わる。
キャロライン・シェパード
…ジェームズの姉。噂話が大好き。
ロジャー・アクロイド
…キングズ・アボット地方の地主。
資産家。殺害される。
ラルフ・ペイトン
…ロジャーの義子(ペイトンの連れ子)。
大尉。
セシル・アクロイド
…ロジャーの弟(故人)の妻。
フローラ・アクロイド
…セシルの娘。
事件の捜査をポアロに依頼する。
ジョン・パーカー
…ロジャーの執事。
ジェフリー・レイモンド
…ロジャーの秘書。
ラッセル
…アクロイド家の家政婦。
ヘクター・ブラント
…ロジャーの旧友。少佐。
ハモンド
…アクロイド家顧問弁護士。
フェラーズ夫人
…キングズ・パドック屋敷の未亡人。
ロジャーから求婚された矢先、
死亡する。自殺と思われる。
アシュレー・フェラーズ
…故人。大酒飲み。
チャールズ・ケント
…アクロイド家を訪ねてきた謎の人物。
ディヴィス警部
…地方警察警部。
メルローズ署長
…地方警察署長。
ラグラン警部
…クランチェスターから派遣された
警察官。
ヘイズ警視
…リヴァプールの警察の警視。
ポロット
…「わたし」の隣人。
カボチャ栽培をしている。
フランスから来たらしい。
〔事件の概要〕
①フェラーズ夫人死亡。自殺らしい。
②アクロイド氏、殺害される。
・ラルフ・ペイトン行方をくらます。
③フローラ、ポアロに捜査依頼。
④ポアロ、真相解明。
本作品の味わいどころ①
引退していたポアロ、田舎で復活
本作品は「スタイルズ荘の怪事件」
「ゴルフ場殺人事件」に次ぐ、
エルキュール・ポアロ・シリーズの
第三作目にあたります(1926年発表)。
三作目にしてすでにポアロは引退し、
英国の片田舎で隠遁生活を
送っているという設定なのです。
この後に続く作品群の多くは
引退前の作品
(「オリエント急行の殺人」(1934年)、
「葬儀を終えて」(1953年)など)であり、
年齢的にも若返っていると感じられる
描写が見られます。
ポアロ・シリーズは執筆順と事件順が
大きく異なるのが特徴なのです。
ハヤカワ文庫刊の順番で読み進めると、
早くも引退したポアロに
出会ってしまうことになります。
クリスティ自身は自伝の中で
「初めの三、四作で彼を見捨て、
もっと若い誰かで
再出発すべきであった」と
述べていることから、
本作品を機にポアロを完全引退させ、
別のキャラクター探偵で次作以降を
書き続けるつもりだったのでしょう。
ところが予想外に大ヒット、
本作品を持ってクリスティは
一躍ベストセラー作家の一員となり、
ポアロはその命を長らえることに
成功するのです。
老いて老獪となったポアロも
なかなかに捨てがたい魅力があります。
盟友アーサー・ヘイスティングズ大尉に
思いを馳せながら事件を推理していく
ポアロの姿が印象的です。
この、引退していたポアロが
片田舎で復活するという設定こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
関係者全員が何かを隠している!
捜査開始早々、
ポアロは関係者一同を集め、
いきなり啖呵を切ります。
「あなた方全員にお願いします。
真実を語ってください。
包み隠さず」。
関係者の中に犯人がいる可能性が高い、
その犯人以外の人間は
悪人ではないと思われる、
しかし誰もが何かを隠し、
真実を語っていない。
そのことにポアロは
いらだちを隠さないのです。
ポアロはもちろん
感情的になっているのではありません。
その後の反応を確かめつつ、
関係者一同を試しているのです。
そのポアロの老獪さもさることながら、
全員が全員、
何かを隠しているという状況設定が
見事です。
それによって読み手による犯人捜しは
著しく困難なものになっているのです。
読み進めると、
誰もが真実を容易に語ることのできない
状況があったことが
判明してくるのです。
その登場人物の設定は
螺鈿細工のような
緻密さが現れています。
この、全員が何かを隠して
真実を語らない(語れない)設定こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
作品の構成そのものが「トリック」
読んだ方なら
すでにおわかりのことでしょう。
本作品の最大の特徴は
作品構成そのものが一つの
「トリック」となっていることです。
作品発表時、
この「トリック」が読み手に対して、
そして探偵小説として、
フェアなのかそれとも反則技なのか、
かなり大きな物議を醸し出しました。
しかしその後、
それを踏襲したような作品が
いくつも登場しています。
日本においても
横溝正史が「蝶々殺人事件」「夜歩く」で、
高木彬光が「能面殺人事件」で、
同じ手法を用いています。
結果として、
それも一つのミステリの在り方として
定着したものと感じます
(ただしクリスティ自身が
述べているように「一度きりしか
使えない」ものではあるが)。
この、作品の構成そのものが
「トリック」となっている
革新的スタイルこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
何はともあれ、本作品の成功後、
クリスティは
長編29・短編54・戯曲1の
ポアロ・シリーズを
量産していくことになります。
名探偵ポアロを延命させ、
世界ミステリの流れを変えた本作品を、
ぜひご賞味ください。
(2025.8.8)
〔関連記事:クリスティ作品〕
「オリエント急行の殺人」
「そして誰もいなくなった」
「スタイルズ荘の怪事件」
「ゴルフ場殺人事件」
「ABC殺人事件」



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