
少年探偵団シリーズに創作の軸足を移すかのような…
「吸血鬼」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第6巻」)光文社文庫
三谷が愛した女性・
倭文子を狙う怪人「唇のない男」。
怪人は音もなく現れ、
煙のように消え去る。
倭文子の息子・茂が誘拐され、
続いて倭文子もまた行方不明、
さらには謎の訪問客が殺され…。
三谷は探偵・明智小五郎に
捜査を依頼する…。
江戸川乱歩の長編作品で、
明智小五郎シリーズの一作です。
明智シリーズは長編作品になって以降、
「一寸法師」「蜘蛛男」
「幽霊男」(「猟奇の巣」)「魔術師」と、
化け物キャラが蠢く妖しい世界へと
変化してしまいました。
本作品の表題も「吸血鬼」。
さて、どんな犯罪が
繰り広げられるのか…。
【明智小五郎事件ファイル12「吸血鬼」】
〔主要登場人物〕
畑柳倭文子
…美貌の未亡人。二十五歳。
夫は犯罪人であり、獄中で死亡。
温泉宿では柳倭文子と名乗っていた。
畑柳茂…倭文子の息子。六歳。
畑柳庄蔵
…倭文子の夫。獄中で病死。
斎藤…畑柳家の執事の老人。
お波…畑柳家の乳母。
お菊…畑柳家の女中。
シグマ…畑柳家の愛犬。
三谷房夫
…二十五歳の美しい青年。
温泉宿で倭文子と知り合い、
恋仲となる。
岡田道彦
…三十六歳の芸術家。
三谷と倭文子をめぐって決闘、
敗れ去る。溺死体で見つかる。
「唇のない男」(蛭田嶺蔵)
…倭文子を付け狙う謎の怪人。
顔を強酸で焼いたらしい。
園田黒虹
…怪しげな探偵小説作家。
「唇のない男」の仮面を被って死亡。
小川正一
…畑柳家を訪問した謎の客。
何者かに殺害された後、死体が消失。
恒川警部
…捜査主任。名探偵との評判あり。
明智小五郎
…私立探偵。
三谷の依頼で捜査に乗り出す。
明智文代
…小五郎の妻。探偵助手。誘拐される。
小林
…少年助手。下の名前は登場しないが、
文代は「よっちゃん」と
呼びかけている。
〔事件の概要〕
①三谷・岡田が決闘、
岡田、溺死体で発見。
②温泉宿に「唇のない男」現れる。
③茂誘拐される。
混乱の中、倭文子も誘拐される。
④小川なる人物が訪問、
死体で見つかるが、その後消失。
⑤恒川警部、畑柳邸を検分中、
「唇のない男」出没。追跡した空き家で
倭文子母子発見、保護。
⑥三谷、明智に捜査依頼。
⑦明智の留守中、文代、誘拐される。
⑧明智・警察、国技館を捜索、
文代保護、明智負傷。
⑨「唇のない男」気球にて逃亡。
⑩気球、品川湾に落下。
ボート爆発炎上、怪人死亡。
⑪執事・斎藤、刺殺される。
犯人は倭文子?
⑫棺の中に潜んでいた倭文子・茂、
火葬されかかるが、三谷が救出。
⑬畑柳邸で明智、事件の謎解き。
真犯人逃走。
⑭アジトにて真犯人焼死。
⑮倭文子、刺されて死亡。
犯人の姿なし。
⑯明智、真相看破。犯人自害。
本作品の味わいどころ①
奇術を使う!怪人「唇のない男」
「蜘蛛男」や「魔術師」、
「黄金仮面」や「人間表」の例があります。
乱歩作品です。
表題から想像すると、
「吸血鬼」なる化け物キャラが
猟奇的殺人を繰り広げる
筋書きかと思ってしまいます。
しかし本作品に登場するのは
「唇のない男」。
顔が焼けただれ、
唇を失ったという設定です。
しかしこの怪人は、
化け物キャラ的な活動はしません。
猟奇的殺人もしません
(最後に猟奇的殺人未遂があるが、
それでも美しさがある!)。
いたって地味なのですが、
その代わり神出鬼没です。
突然現れたかと思うと突然消える。
ボートの爆発炎上で死んだかと思えば、
再びよみがえり罠を仕掛ける。
アジトの火災で焼死したかと思えば
ヒロイン倭文子を
しっかりと殺害してしまう。
明智に対しては三度に渡って
脅迫状を突きつける。
読み手には奇術使いとしか思えない
悪役なのです。
さすがは乱歩です。
この、奇術師のような神出鬼没の怪人・
「唇のない男」の存在こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
明智小五郎ファミリー揃い踏み
前作「魔術師」事件で
明智のハートを射止めてしまった
敵一味の娘・文代。
本作ではしっかりと探偵助手、
いや女探偵として大活躍します。
誘拐されかかるのですが、
相手の正体に気づき、
相手の麻酔薬をすり替えて
罠にかかったふりをして
窮地を脱するという、
明智以上の活躍を見せます。
そしてもう一人、
少年探偵団シリーズでは団長となる
小林少年は、
ジュヴナイルではない本作品で
初登場を果たしていたのです。
この段階において明智から
全幅の信頼を置かれている小林少年。
見事にデビューを飾ります。
本作品では「小林」という名字しか
明らかにされていませんが、
作中で文代は
「よっちゃん」と呼びかけているのです。
本作の段階で乱歩は「芳雄」という
彼の名前を考えていたのでしょう。
つまり、本作品において、
小五郎・文代・小林少年という
明智ファミリーが
勢揃いすることになるのです。
この、明智小五郎一家三人の活躍こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
少年探偵団転身への濃厚な気配
というわけで、
味わいどころ①②を考えると、
何かが見えてきます。
そうです。
少年探偵団シリーズの雰囲気です。
「唇のない男」の行動は、
まさに二十面相そのものです。
犯行予告状の代わりに
明智への脅迫状、
宝物を盗む代わりに
執拗に倭文子を付け狙う、
マンホールを活用した抜け道、
気球を使った脱出劇、
これで変装さえ完璧となれば、
まったく怪人二十面相です。
明智ファミリーも、
これに少年探偵団が結成されるのを
待つばかりなのです。
まさに「少年探偵団前夜」。
この、少年探偵団シリーズに
創作の軸足を移すかのように見える
濃厚な気配こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
「一寸法師」「蜘蛛男」「猟奇の巣」「魔術師」
そして本作「吸血鬼」と、
一作ごとにジュヴナイル的
(それでいてエロスも満載)な作風を経て
変転した乱歩。
本作品と同時進行で書かれた
「黄金仮面」(1931年)にて、
いよいよ明智作品ジュヴナイル仕様は
完成、
「黒蜥蜴」(1934年)、
「人間豹」(1935年)を経て、
「怪人二十面相」(1936年)へと
つながっていくのです。
(2025.8.13)
〔青空文庫〕
「吸血鬼」(江戸川乱歩)
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〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕


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