「百年文庫063 巴」

巴里を舞台に描かれる、人間のもっとも根源的な感情

「百年文庫063 巴」ポプラ社

百年文庫第63巻を読了しました。
テーマは「巴」。
といっても日本の伝統文様としての
「巴(ともえ)」(コンマのような文様)の
ことではありません。
パリ(巴里)を舞台にした
三作品なのです。
集められたのはフランスの作家である
ゾラミュッセ、そして
二度のフランス遊学を果たしている
日本人作家・深尾須磨子の作品です。

〔「百年文庫063 巴」〕
引き立て役 ゾラ
さぼてんの花 深尾須磨子
ミミ・パンソン ミュッセ

「引き立て役 ゾラ」
みなさまの
美しきお顔に対しまして、
希少なるブス顔の
豊富なコレクションを
提供いたしたく存じます。
穴のあいた衣服は、
新しい衣服を引き立てます。
それと同じで、
当店のみにくい面々が、
みなさまの美しいお顔を
引き立てる…。

「引き立て役」

〔「引き立て役」味わいどころ〕
①美醜の心理的な側面
②美醜は相対的な尺度
③美醜も販売用の商品

本作品は女性を美しく見せるための
ブスを貸し出すビジネス
「引き立て役紹介所」を考えついた男が
題材となっています。
とはいえ、そこに筋書きはなく、
作者・ゾラは「美醜」という切り口で、
「引き立て役紹介所」が露わにする
パリという都会と
そこに住む人間の形を
描き出しているのです。

巴里は当時の大都会です。
だから何でも商売として成り立ち、
何でも商品として
販売可能となるのです。
ゾラの空想の産物に過ぎない、
コントのような「引き立て役紹介所」の
描写の向こうに、都会の闇が
透けて見えてくるかのようです。
美しくなりたいという「需要」が
人間の欲望であるのと同様に、
それを満たす商品を「供給」して
対価を稼ぐのも
人間の欲望に過ぎません。

「さぼてんの花 深尾須磨子」
あなたはわたしというものに
愛想をつかすだろうか。
いかに相弟子とはいいながら、
はじめて逢った彼に、
しかも異邦人の彼に
送って貰ったり、
一緒にポルトの杯を
空けたりするわたしに。
しかしわたしはこんなことを
口にするだけ…。

「さぼてんの花」

〔「さぼてんの花」味わいどころ〕
①コレットの手紙でカムフラージュ
②オーボエの話題でカムフラージュ
③カムフラージュに見えて実は伏線

初めて読む方は戸惑うと思います。
「わたし」なる語り手が
「まあ公」なる人物に宛てて綴った
手紙文が延々と続くのです。
手紙ですから当然何かを伝える
必要があってのことなのでしょうが、
最後まで読まなければ
わからないしくみになっているのです。

時代が戦前であること、
フランスはともかく日本では
女性が「性」について語ること自体が
破廉恥と考えられていたこと、
親子ほどの年齢差があったことなど、
ストレートに書き綴るには、
ハードルがかなり高かったものと
推察できます。
もちろんこれは
親友「まあ公」に宛てた「手紙」ではなく、
読み手に向けて書かれた「作品」です。
上品さを保ちながら
湧き出てくる情感をものの見事に
文字に起こすことに成功した、
高度な技巧の施された小説なのです。

「ミミ・パンソン ミュッセ」
医学生・ウジューヌは、
美徳と誠実を貫くようにして
生きていた。
彼はお節介な友人から
お針子・ミミ・パンソン嬢を
紹介されるが、
彼女に対して嫌悪の情を感じる。
しかし病に倒れた
お針子仲間の窮状を救うために
とった彼女の行動は…。

「ミミ・パンソン」

〔「ミミ・パンソン」味わいどころ〕
①実直な人間・ウジェーヌ
②視野の広い人間・マルセル
③健気で屈託のない人間・ミミ

「ミミ・パンソン」といえば、
本作品の表題であるとともに、
作中に登場するお針子の名前です。
架空の人物でありながら、
19世紀末から20世紀初頭の
芸術家たちにとって
象徴的な存在となり、
絵画やオペレッタなど
多くの芸術作品が創作されています。
ではそもそも「ミミ」とはどんな人物か?
ミミを取り巻く二人の男性の
描かれ方が鍵を握っています。

医学生のウジューヌは
あまりにも堅物です。
心に「あそび」がないのです。
頑なです。
彼のその心が、
どのように寛容性に気づいていくのかが
一つめの鍵となります。
その友人であり遊び人のマルセルは、
人と人とを結びつける接着剤であり、
人と人とが滑らかな関係を築くための
潤滑油であるのです。
彼の人柄と行動こそが
二つめの鍵となるのです。
そして「あばずれ女」のミミ。
彼女が一着しか持っていない服を、
明け方、質に入れに来たことを
ウジューヌは知ることになります。
ミミはなぜ一着しかない服を
質に出したのか?
服もないミミはどうしているのか?
その金をミミはどうしたのか?
ウジューヌはマルセルと一緒に
確かめに行きます。
そこで彼らが見たものこそ、
ミミの豊かな人間性を表す
エピソードとなっているのです。
その詳細は、ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。

こうして三作品を読み終えると、
巴里を舞台にしているだけで、
それぞれの間には
何の関連もなさそうに見えます。
しかしそこに描かれているものは、
「引き立て役」での「欲望」、
「さぼてんの花」での「恋心」、
「ミミ・パンソン」での「誠実」と、
人間のもっとも根源的な
感情であることに気づかされます。
巴里を舞台に描出される人間の真の姿。
これこそが本書を通しての
もっとも重要な味わいどころと
いえるでしょう。
ぜひご賞味ください。

(2025.10.1)

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