「ねじれ首のジャネット」(スティーブンスン)

「神の思し召し」の意味するところ

「ねじれ首のジャネット」
(スティーブンスン/
   高松雄一・高松禎子訳)
(「マーカイム・壜の小鬼 他五篇」)
 岩波文庫

スーリス師がおぞましい雰囲気に
包まれて生きているのには
理由があった。
五十年前、彼が教区の村に来て
間もない頃である。
彼が家政婦として
雇おうとしていた女性・
ジャネットが村の女たちに
いじめられていたのを
救い出したが…。

スティーブンスンの短編作品です。
岩波文庫版でわずか20頁ながら、
濃厚な暗黒色に包まれ、
超一級の幻想小説として
仕上がっています。

〔主要登場人物〕
マードック・スーリス

…老いた牧師。おぞましい雰囲気に
 包まれて生きている。
ジャネット・マックルーア
…スーリスが家政婦として
 雇い入れた女。
「黒い男」
…スーリスの前に現れた謎の男。

本作品の味わいどころ①
湧き上がるホラーサスペンス

本作品は入れ子構造となっていて、
冒頭の額縁部分では、
老年となったスーリス師の
陰鬱なようすをおどろおどろしく伝え、
その原因となるスーリス師
若き日の恐怖の出来事を
酔客の一人が語って聞かせる
(それが本編)という構成です。

若く敬虔な牧師スーリスが救い出し、
家政婦として雇い入れた女は、
すでに死んでいて
悪霊が取り憑いていた。
その本編は、
なんとも衝撃的な展開です。
雇い入れた段階でジャネットは
「まるで吊るし首になった死骸みたいに
首をねじまげ、
頭を片方にかしげて」いるのですから、
どう考えても
まともな状態ではありません。
さらには「埋葬されない死体みたいに、
にやりと笑顔を
浮かべて」いるのですから、
ほとんどゾンビが町を歩いているような
イメージでしょう。

終盤で悪霊の正体である
「黒い男」が姿を現すと、
一気にクライマックスへと突入します。
悪霊による超常現象は町々を襲い、
スーリス師もジャネットが
すでに死骸であることを
認めざるを得ない事態に直面します。
それについてはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
この、止めどなく湧き上がる
ホラーサスペンスの衝撃こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
災いの象徴か、偶然の悪霊か

さて、そこで問題になるのは、
ジャネットに取り憑いた悪霊とは
どのような
存在なのかということでしょう。
ジャネットは
決して悪人ではありません。
私生児を産んだことが語られますが、
もし罪があるとすればそれだけでしょう
(それだけでも当時の宗教観からすると
大罪なのでしょうが)。
しかしジャネットはむしろ
哀れな弱者であり、人々から
迫害された末に死亡したのです。
神が罰する対象とは思えません。

だとすればこの悪霊は、
スーリス師に災いをもたらすために
ジャネットに取り憑いたとも
考えられます。
しかしこれも不自然です。
スーリスはジャネットを救い出すという
善行を行ったのですから。
何らかの落ち度があるとすれば、
作中にあるように
「宗教の本当のところはまるっきり
知らなかった」ことぐらいでしょう。
それも若いのですから
当然といえば当然です。

そうなると特に神や悪魔の意志が
はたらいたわけではなく、
たまたまジャネットに
取り憑いたということでしょうか。
悪霊の存在は、
スーリス師に対する災いの象徴なのか、
それとも偶然取り憑いただけなのか、
作者・スティーブンスンの
意図を考えることこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
神の思し召しの意味するもの

作品最終末にはさらに不可解な一文が。
「牧師にはこういう神の思し召しが
 ひどくこたえた」

この一件は、神の意志であることを
作者・スティーブンスンは
語っているのです。なぜ?

一つは「神の試練」でしょうか。
「宗教の本当のところはまるっきり
知らなかった」若きスーリスに対して
神が与えた試練と
考えることができます。
しかしそれにしては
悪意さえ感じられる「試練」です。

別の見方をすれば、
神とは人知を超えた存在であることの
表現とも考えられます。
スーリスが善意でジャネットを
救い出したにもかかわらず、
結果的に災厄に見舞われてしまう。
善い行いが必ずしも
報われるとは限らないという、
信仰の逆説を突きつける構造と
解釈できるのです。

さらに、スーリスが
「こたえた」という表現は、
彼の信仰が揺らいだことを
示唆しています。
つまり、「神の思し召し」を
受容できないほどに、
彼の信仰は未熟であり、
人間的な限界を
持っていたということです。
宗教家でさえも
自然を超越した神の前では
無力であることを示す、
皮肉的な主題が込められていると
考えられるのです。

この、
「神の思し召し」の意味するところを
多角的な視点から解釈する試みこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

読み手の解釈によって、
多様な判断ができる。
これこそが作品の「文学性」なのです。
これによって本作品は
単なるホラー作品に堕することなく、
高い文学性を帯びた傑作幻想小説として
昇華しているのです。
秋の夜の読書に、ぜひご賞味ください。

(2025.10.8)

〔「マーカイム・壜の小鬼 他五篇」〕
その夜の宿
水車小屋のウィル
天の摂理とギター
ねじれ首のジャネット
マーカイム
壜の小鬼
声たちの島
 訳注/解説

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