「ピッピ 南の島へ」(リンドグレーン)

三部作完結編、子ども時代の終わりを予感させる終末

「ピッピ 南の島へ」
(リンドグレーン/大塚勇三訳)
 岩波少年文庫

こうして、春早々の、
ある寒い夕方、
トミーとアンニカは、
生まれてはじめて、
小さい小さい町をはなれ、
ピッピといっしょに、
ひろいみしらぬ世界に
旅だつことになりました。
すがすがしい夕風が、
ホッペトッサ号の
帆をいっぱいに…。

リンドグレーンの人気作
「長くつ下のピッピ」、
堂々のシリーズ完結編です。
前作「ピッピ 船にのる」では
船にのらなかったピッピですが、
今回はしっかりと船にのり、
父親とともにクレクレドット島に
向かうのです。
前回はトミー&アンニカ兄妹と
別れるわけにいかずに
残留を決めたのですが、今回は
その二人を伴っての船旅となるのです。

〔主要登場人物〕
ピッピ

…ごたごた荘に一人で住んでいる少女。
 性格は破天荒。
ニルソン氏…ピッピの飼い猿。
…ピッピの飼い馬。
エフライム
…ピッピの父親。
 海で遭難、島に流れ着き、
 土民の国の酋長となっていた。
 「ホッペトッサ号」船長。
フリドルフ
…エフライムの忠実な部下。
トミー・セッテルグレーン
…ピッピの住む家の近くの家の男の子。
アンニカ・セッテルグレーン
…トミーの妹。
セッテルグレーン夫人
…トミーとアンニカのお母さん
ラウラおばさん
…セッテルグレーン夫人の友人。
ルーセンブルムさん
…小さな町の金満家のおばあさん。
 子どもたちを競争させ、
 褒美を与える。
「りっぱな紳士」
…小さな町に迷い込み、
 ごたごた荘を買い取ろうとする。
モモモアナ
…クレクレドット島の子ども。
ジムバック
…クレクレドット島の真珠を奪いにきた
 ならず者。

〔本書の構成〕
1 ピッピは、
  まだごたごた荘にすんでいる
2 ピッピ、ラウラおばさんをはげます
3 ピッピ、スプンクをみつけだす
4 ピッピ、クイズをする
5 ピッピ、手紙をもらう
6 ピッピ、船にのる
7 ピッピ、上陸する
8 ピッピ、サメをこらしめる
9 ピッピ、ジムとバックをこらしめる
10 ピッピ、
   ジムとバックにあきあきする
11 ピッピ、
   クレクレドット島をはなれる
12 ピッピはおとなになりたくない

本作品の味わいどころ①
いろいろなものを「こらしめる」ピッピ

本作品のピッピは、
常識破りの行動が控えめになり、
その代わりにいろいろなものを
こらしめまくります。
整理すると以下のようになります。
①ごたごた荘を買い取ろうとする
 「りっぱな紳士」を町から立ち去らせる
②子どもたちに
 間違った競争意識を植え付ける
 ルーセンブルムさんを唖然とさせる
③クレクレドット島の
 人食いザメを軽く一蹴する。
④島に入り込んだ二人組のならず者を
 散々な目に遭わせる
④の悪人を撃退するのは
当然のことですが、
①の、金がすべてだと
思い込んでいる人間、そして
②の、子どもを
飼い慣らそうとする大人、
こうしたあたりをしっかりと
「こらしめている」のが
今回のピッピの
大活躍となっているのです。
③の自然の驚異に立ち向かう姿も、
近年熊に生活を脅かされている
日本人からすれば
小気味の良いことこの上なしです。
この、いろいろなものを
「こらしめる」ピッピの姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
年齢性別肌の色の垣根を越えるピッピ

年齢を超え、大人と対等に話す姿
(それが妥当かどうかは別問題として)は
前二作でもおなじみです。
今回はさらに
性別の垣根も越えています。
ホッペトッサ号の船内、
そしてクレクレドット島では、
「腰のまわりを
ちょっとかくしただけのかっこう」、
つまり男の子と同じ姿で
過ごしているのです。
さらにはピッピに対して
ひざまずいて礼をする
クレクレドット島の子どもたちに対し、
対等に接するよううながします。
肌の色さえピッピには
まったく関係ないのです。
本書発表は1948年。
まだまだ男女差別・人種差別が
根強くはびこっていた時代です。
童話の中とはいえ、
画期的なことだったのではないかと
思われます。
この、年齢性別肌の色といった
人間を隔てる壁を楽々と乗り越える
ピッピの姿こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
子ども時代の終わりを予感させる終末

そして終末が素敵です。
ピッピは「大人になりたくない」と語り、
トミー&アンニカ兄妹と三人で
「救生丸」という
「成長しない薬」を飲む場面は、
三人の子ども時代が
今まさに終わろうとしている予感を
感じさせます。
大人が読むと、間違いなく
自身の子ども時代への郷愁を
感じてしまう場面となっているのです。

最後の一節です。
「ピッピは、夢みるような目つきで、
 じっとまえを
 みつめているばかりでした。
 それから、ピッピは、
 ふっと、火をけしました」

それまでの自由奔放なピッピの姿は
もはやそこにはなく、
静かに大人になろうとする
瞬間のような気配を感じさせます。
これを持って間違いなく
ピッピ・シリーズは
完結したということなのでしょう。
この、子ども時代の終焉を予感させる
静かな結末こそ、本作品の最後の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

実は私、かなり年齢を重ねてから
「長くつ下のピッピ」に出会いました。
第二作そして本作品については、
今ようやく味わうことが
できたところです。
もう少し早く
三作品に出会うべきだったと思います。
いや、いくつになってからでも
遅すぎるということはないのでしょう。
名作はいつまでも名作であり、
いつ読んでも名作なのです。
死ぬ前に出会うことができたのですから
良しとしましょう。
カバー裏には
「小学校3・4年生以上」という
余計な文言が載っていますが、
気にする必要はありません。
子どもの心を失いかけている
大人のあなたにお薦めします。
ぜひご賞味ください。

(2025.10.20)

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