「キプロスの蜂」(ウィン)

一発勝負、アナフィラキシーの殺人

「キプロスの蜂」(ウィン/井上一夫訳)
(「世界推理短編傑作集3」)
 創元推理文庫

ヘイリー博士がバイルズ警部から
持ち込まれた事件は「蜂」。
車内で蜂に刺されて
女性が死亡した事件と、
別の場所で拾得された
「蜂入りの血清用容器」、
この二つに何か関連が
あるのかということだった。
博士はアナフィラキシを疑う…。

アンソロジー
「世界推理短編傑作集3」に
収録されている一篇です。
医師兼探偵であるヘイリー博士が
活躍するのですから、もちろん
「医学ミステリ」なのでしょうが、
ある意味、「毒薬ミステリ」と
いうべきものでしょう。
斬新な毒殺方法が提示されます。
さて、どんな事件が展開するのか?

〔主要登場人物〕
ヘイリー博士

…医師兼探偵。
 事件捜査の依頼を受ける。
 本作品には記載がないが、
 フルネームはユーステス・ヘイリー。
バイルズ警部
…スコットランド・ヤードの警部。
 ヘイリー博士に事件を持ち込む。
テドキャスター
…バイルズの部下の刑事。
バードウェル夫人
…蜂に刺されて死亡した女性。
「メイド」
…バードウェル夫人の雇い人。
 若く美しい女性。
マイケル・コーンウォール
…細菌学者。ヘイリー博士の友人。
コーンウォール中佐
…マイケルの叔父。
パッシー・コーンウォール
…マイケルの従妹。婚約したばかり。

本作品の味わいどころ①
一発勝負、アナフィラキシーの殺人

早々とトリックは解き明かされます。
本作品は読み手が
トリックを見破ることを
想定したものではないのです。
そのトリックは「アナフィラキシー」。
アナフィラキシーとは、
アレルギーのある食材や薬品を
摂取したのちに、全身に現れる
さまざまなアレルギー症状のことです。
重症の場合には血圧が急低下したり
意識を失ったりし、
最悪の場合は死にいたることもある、
これを
アナフィラキシーショックといいます。
これは食物アレルギーだけではなく、
蜂に刺された場合も起こりえます。
かつて「蜂に二度刺されれば死ぬ」と
いわれていたのは
迷信などではないのです。
「ハチ毒」そのものも危険ですが、
一度刺されたあとに体内に生じる
「ハチ毒特異的IgE抗体」が厄介で、
これが次のハチ刺傷で
全身アナフィラキシー反応
(呼吸困難・血圧低下等)を
引き起こすのです。
食物アレルギーによる事故が
多発している現代では
広く知られているのですが、
本作品の発表された1826年当時は、
一般にはあまり知られていない
症状だったと思われます。
本作品のトリックは、
このアナフィラキシー・ショックを
巧妙に使ったものとなっているのです。
ただしこのネタは一回きりしか使えない
性質のものです
(本作以降、このネタを使った作品が
あるのかどうかは分かりませんが)。
この、一発勝負ともいえる
アナフィラキシーを使った殺人手段こそ
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
プロファイリングは的中するのか?

本作品での名探偵は、
医師兼探偵のヘイリー博士。
さぞかし医学的捜査を行うかと
思いましたが、
医学の知識を活用したのは
アナフィラキシーの殺人を
見破ったことのみです
(見破ったというよりも
可能性を肯定しただけなのですが)。
次に博士の見せたのは、
シャーロック・ホームズばりの
プロファイリング。
数少ない手がかりから
次のような犯人像を提示します。
「この一帯(ロンドン郊外)に、
 キプロス蜂を飼っている開業医で、
 定期的にロンドンに現れ、
 ポケットに穴のある外套を着て、
 妻と別居している男」

はたしてこの犯人像は正しいのか?
ぜひ読んで確かめていただきたいと
思います。
この、的中するのかどうか
スリル感のある
博士のプロファイリングこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

もちろん警察の捜査の結果は
「該当者なし」。
そこから次の展開が始まるのです。
ところが最後まで読み終えると、
このプロファイリングは
「当たらずとも遠からず」であることが
分かります。
これはスコットランド・ヤードの
捜査能力の低さが露呈してしまったと
いうことでしょうか。

本作品の味わいどころ③
心理的に相手を追い詰めるヘイリー

アナフィラキシーを見破り、
プロファイリングを概ね的中させた
ヘイリー博士ですが、
次の見せ場は参考人を鋭く追い詰める
捜査術です。
警察が何も聞き出せなかった
「メイド」を、心理的に圧迫し
(しかもほとんどハッタリに近い)、
参考人から真犯人(と思われる
人物の名)を聞きだしてしまうのです。
このヘイリー博士、
書かれてある内容からして「内科医」だと
ばかり思っていたのですが、
「心療内科」の分野でも
突出した技能の持ち主のようです。
この、心理的に相手を追い詰める
ヘイリー博士の捜査術こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

作者アントニー・ウィンの生み出した
ヘイリー博士ですが、
その探偵としてのキャラクターの
色が薄く(医師兼探偵なら
フリーマンのソーンダイク博士が
先行している)、そのためでしょうか、
本作以外の作品は、現在は
ほとんど忘れ去られてしまっています。
まずは本作品からご賞味あれ。

(2025.10.24)

〔「世界推理短編傑作集3」〕
三死人 フィルポッツ
堕天使の冒険 ワイルド
夜鶯荘 クリスティ
茶の葉 ジェプスンユーステス
キプロスの蜂 ウィン
イギリス製濾過器 ロバーツ
殺人者 ヘミングウェイ
窓のふくろう コール
完全犯罪 レドマン
偶然の審判 バークリー

〔関連記事:世界推理短編傑作集〕

「世界推理短編傑作集1」
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